2008年08月01日

426旅 懐奘『正法眼蔵随聞記』★★★★

「もとより多くは、自分が他人からよくいわれ思われようと思うものだ。だからこそ、よくいわれ、よく思われるようにはなり得ないのである。ただ、自分に対する執着を次第に捨てて、師のいうとおりに、ついてゆけば、進歩するのだ。(略)禅僧が立派になる第一の心得は、ただひたすら坐禅すべきことである。さといか、にぶいか、賢いか愚かであるかを論ぜず、ひたすら坐禅すれば、おのずと立派になるのだ」p64
懐奘『正法眼蔵随聞記』(講談社, 2001)

 懐奘は、曹洞宗の開祖である道元の一番弟子。20年にわたり道元につれそい、そこで聞き続けた道元の言葉をまとめたのが本著だ。
 道元の思想の中心に「只管打坐」がある。人間は、他人からどう見られるか気になるもの。そうした執着を外すために、ただひたすら坐禅を行い、心を磨いていくという考えだ。分別する心が世界を作り出しているといった、世界は空だと考える思想が、根にある。
 短い人生、家族をすてて修行に励めと道元は諭した。一方、王陽明は儒学者であったから、親を大事にするといった世間に近い考えだ。
 ただし、真理は外ではなく内にあり、心を磨くという点では、道元と王陽明は近い。外は無限に広がっているし惑わされるが、内側の心を鍛えることで、真っ直ぐに自分の道を歩くことができる。

□参考ウェブサイト
『道元』

posted by 藤沢烈 at 09:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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