「小五郎と幾松との間は周知のところだったから、会津藩も新撰組も、幾松に狙いをつけ、きびしく責め立てたが、幾松は頑として口を割らなかった。吉田屋の二階の片隅で、ひそかに逢っていた時、新撰組に踏み込まれたことがある。幾松は、とっさに小五郎を秘密の抜け道から裏手の河原に逃がしておいて、平然と唄いつつ舞いつづけていたので、近藤以下、疑念を残しながらも引き揚げていったこともあるという」p84
南條範夫『幾松という女』(新潮社, 1990)
来週末に京都で今事記の集いがある。その際、木戸さんの縁で幾松に宿泊させて頂く。幾松に寄るにあたって、幾松に関する小説を読んだ。
著者は時代小説を得意とした直木賞受賞作家。本著は、幾松と桂小五郎(のちの木戸孝允)であった維新前と、木戸松子・木戸孝允となった維新後にわけて、二人の関係の変化を描いている。
幾松は強気な女性であったようで、桂をかくまいながらも、近藤勇の責めに負けなかったという。現代に変わらぬ女性の強さを、水戸藩の武家女性同様に知ることができる。
幾松がいなければ桂小五郎は新撰組に捉われ、薩長同盟も成り立っていなかったかもしれない。
一年前の私の誕生日にも訪れたのだが、再び京都霊山護国神社を訪れて、桂小五郎と幾松の墓前に手を合わせてみたい。
□参考ウェブサイト
『幾松』(公式HPより)


