2008年09月09日

505旅 鈴木大拙『禅の見方・禅の修行』★★★

「修禅の目的は見性とか、悟道とかいうがその近代思想の病弊に対する点から見ると、修禅はわが心を深める、徳がある、みだりに人に知られんとする病いを癒す力がある、心のうわっつらに活きんとする近代人の頂門に一針を下すききめがある。すなわち広告に囚われずしてその物の真相を親しく見んとするは、修禅の力によるのが捷径である。新聞紙の記事を丸呑みにせずして、その間にある紆余曲折を見透かす力は修禅で養成せられる」p192
鈴木大拙『禅の見方・禅の修行』(春秋社, 1991)

 禅とは何かを越えて、禅修行のあり方、あるいは禅堂の現代意義といった点にいて触れられている。中でも、禅の現代における意味合いについて大拙が語るのが面白い。
 禅を学ぶことによって、世の中の表面的な見え方に騙されなくなるという。ネット、テレビ、広告。飛び交う情報は浅はかな理由づけで創られているものだが、面白いぐらいに人は騙される。
 論理だけでなく、自分の見え方を疑うことで、本質を発見する。あるいは有名になりたい、人に認められたいといった自我に対しても疑いを向けていく。
 禅は宗教ではなく、心理学に近いとした。さらに言えば、「人が意識を働かせる方法」についての深い洞察なのだともいえる。

□参考ウェブサイト
『修行』

posted by 藤沢烈 at 21:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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