2008年12月31日

762旅その1 井筒俊彦『コーランを読む』★★★★★

「『審きの日の主宰者』。(略)三つの単語をならべただけの簡単な表現のそこに、一群の強烈なイマージュがはたらいている。それを読みとるということは、この『審きの日の主宰者』というコトバをレトリック的に位置づけてはじめてできることなのです」p193
井筒俊彦『コーランを読む』(岩波書店, 1983)

 今年最大の一冊は『意識と本質』だった。その著者である井筒俊彦先生の本をやはり最後に読もう、ということで手にしたのが本著。凄い本であった。
 『コーラン』の解説書である。しかし、解説しているのは114章ある『コーラン』の中でも1章7行だけ。それを450ページに渡って解説している。範囲は恐ろしいほどに広く、深い。

762_1.GIF


 三つのレトリックレベルに分類して読み進めることを井筒先生は解説する。
 一つは「レアリスティック」。誰もが認識できる三次元的な読み方。歴史的事実、人物、規則の説明がコーランには含まれていて、その場合はこの方法論を採る。
 二つ目は「ナラティブ」。時間・空間に制約されないパターンとして説明される。映画を見る時に「こんな話はウソだ」と評する人はいないが、その物語に人は感動する。
 三つ目が「イマジナル」。詩を鑑賞するような方法に近いだろうか。理性を飛ばして、無意識の衝動を呼び起こす読み方になる。
 こうした三つの観点を用いながら読むと、コーランの深い精神性が浮かび上がってくるのだという。
 聖典は時代を経ると、極端な部分が削ぎ落とされて無害だが効果の低い内容に丸まることがある。原物が残った聖典としてのコーランは、現代において意味を持つだろう。

□編集後記
普段は、同年代のベンチャー経営者や社会起業家の支援を行っている。10年前はネットワークを通じて。5年前からは経営を通じて。これからは思想を切り口にした支援ができないか、と考えている。そう思わせた一人は、井筒先生であった。

posted by 藤沢烈 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/111948108
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック