2009年06月06日

1086旅 岸田秀『ものぐさ精神分析』★★★★★

「戦後の民主主義の共同幻想は、日本人の私的幻想を共同化する点でははなはだ不充分である。日本は、戦前のイデオロギーを思想的に超克したうえで戦後のイデオロギーを主体的に築いたのではない。いわば、戦前のイデオロギーを『抑圧』しただけであって、抑圧されたものは必ず回帰するのである」p80
岸田秀『ものぐさ精神分析』(中央公論新社, 1982)

★本の概要
 岸田秀氏は心理学者・精神分析学者であり、1978年に出版された本著が話題となって、ニュー・アカデミズムブームの先駆者と目された。常識とされる意味・観念がすべて幻想であるとする「唯幻論」を提唱し、本書ではその観点からのエッセイが30近く掲載されている。

★正当化のための幻
 岸田氏が最も薦めていて、唯幻論とは何かを明快に説明しているのが「国家論」。動物と比べて人間の本能はどこか歪んでしまい、補正して生きるために文化や自我が作られたという。補正のために幻想を作り出す機能は今でも続く。アメリカが他国への介入を続けるのは、インディアンを虐殺して建国した歴史を正当化するため。不思議に暴力癖ある男性と交際し続ける女性は、過去の親からの暴力を愛情であると認識したいのだという。

★挫折が時空間をひろげる
 時間と空間がなぜ生まれたかの議論も面白い。失敗した行動を人間は悔やんでしまう面があるので、「過去」という概念を作り出して忘れようとした。また過去と現在の延長線を考えて、「将来」という概念も作り出したという。子宮の中の幼児は空間概念がないという。生まれたところで自分の思うままにならない物理的現実を知ったため、自分と他者が分かれ、空間が生まれたという。
 とすると、過去を悔み、現実の難しさを知り続けることで、自分にとっての時空間が濃くなっていくと言える。自分を揺さぶる挫折経験が人の器を大きくするというが、心理学的に説明できるのかもしれない。

★編集後記
 幻想にも、私的幻想と共同幻想がある。家族や国を持つためには、共同幻想への覚悟が必要なのだという。しかし、共同幻想は幻想なのであって、そこに希望を見出せないのが現代ではないか。けして出会えない(共同幻想を持てない)のが世界だけれども、深みにおいて繋がっていくことに可能性がある気がするのだ。村上春樹が『1Q84』で示したように。


posted by 藤沢烈 at 08:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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