2009年07月11日

1164旅 イグナチオ・デ・ロヨラ『ある巡礼者の物語』★★★★★

「イグナチオが自分を巡礼者と呼んだのは、より深い意味をもたせたかったからである。人間は、神が自分に対して何を望むかを探し、その神の望みを見出したら、それを実現する使命がある。その意味で、人間は神の御意志を探し、見出し、それを実現して行く旅人、つまり、神の御意志を探す『巡礼者』なのである」p43注釈
イグナチオ・デ・ロヨラ『ある巡礼者の物語』(岩波書店, 2000)

★本の概要
 日本のキリスト教をもたらしたのはフランシスコ・ザビエル。彼の師匠にしてイエズス会の創立者・初代総長である著者が、その巡礼の人生を綴った一冊である。16世紀の本だけれど、素晴らしい翻訳によってその霊的修行の実録を手にすることができる。

★霊的指導者へ
 ざっとイグナチオの人生をおってみたい。
 貴族の子として1491年に生まれたイグナチオは、当初は世俗的な成功を夢見る青年騎士であった。しかし砲弾を足にあてて戦線を離脱、療養中にキリスト教聖人たちの伝記を読む中で、キリスト者として生きる「聖なる熱望」を持つことになる。
 その後は読書と瞑想と祈りの日々。内なる声を聴く過程を経て、騎士としての服装と財産を乞食にゆずり、人知れずに清貧な巡礼の旅をスタートする。時に断食し、時に肉食を再開し、時に学び、時に瞑想し続け、時に監禁もされ、といった具合に様々な試行錯誤の中で霊的指導者としてイグナチオは成長してゆく。
 システムの内側にいる祭司たちは教義を重んじるのに対し、イグナチオはただ霊的体験を基礎としたコミュニケーションに徹していた。使命とは何か、生きるとは何かを考えさせる珠玉の体験記だ。

★編集後記
 久々に心に染み渡った一冊になった。世俗を捨てて、精神と空間と時間の巡礼者=旅人として生きることに、シンパシーを感じる。


posted by 藤沢烈 at 20:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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