2009年08月02日

1203旅 今村仁司『交易する人間』★★★★★

「本書は、贈与と交換を峻別する。そうすることで、近代に出現した市場経済、そして特殊近代的な資本主義経済の歴史的位置づけ、ひいてはそれらがかかえる歴史的限定性を明らかにできるからである。近代以前の『非経済的または非交換的』な贈与体制との対比的研究のなかで、近代の経済自身の由来、それがかかえる諸問題が一層みえるようになる」p4
今村仁司『交易する人間』(講談社, 2000)

★本の概要
 自然と「交換」し、人と「交際」し、物を「交換する」生き物(ホモ・コムニカンス)であるという人間観を示した一冊。贈与システムが資本主義システムに取って代わる様子が伺える。ビジネスとは何か。お金とは何かを根源的に考え直させられる一冊だ。著者は社会哲学、社会思想史の専門家。

★贈与から交換へ
 近代以前・以後によって、時間・空間の捉え方が大きく変化していったことが分かる。
 1.時間。近代以前は、そもそも世界は大いなる存在(=神)によって与えられた、霊的な空間と認識されていた。動物や植物を人間が得るためには、霊を物に変えねばならない。そのために行われたのが供犠(サクリファイス)であり祈りであった。但し時間的には祭り(ハレ)の一瞬であって、通常は霊的時間が続いていた。しかし現代ではすべてを俗なる時間に近代人が変えてしまった。祈りの意味も逆転し、物化するためではなく、一時的に霊に感謝する儀式となった。祈りすらも無意味だと考える人間が多数を占めている。
 2.空間。大いなる存在から与えられたのだから、全ての物は公的所有物であって、私的所有は罪とされていた。前近代の交易は、神々や人々にひたすら贈与する行為だった。一部、近代的な交換も行われていたが、それは特別なエリア(港など)で許されていて、勝手に交易を行うのは海賊に等しかった。現代では、交換を行う空間は全世界を覆いつくし、すべての人は私的所有を前提として暮らしている。
 近代になって贈与から交換へとシステムが変わる。それに伴い、時間感覚や空間感覚も変質していった。

★編集後記
 マレさんに誘われて築地の朝食会へ。朝から寿司を食べながら交流するというもの。学びもあるだろうが、交換自体に意味を感じられているように思った。知らず知らずに、贈与経済が求められているのではないか。

posted by 藤沢烈 at 19:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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