2009年08月30日

1231旅 M.K.ガーンディ『真の独立への道』★★★★★

「法律が気に入らないからといって、私たちが法律制定者の頭を叩き割るようなことはしません。しかし、その法律を撤回させるために私たちは断食をします。よい法律であろうが悪法であろうが、私たちが受け入れるようになったのは最近のことです。以前はまったくそうではありませんでした。気が向けば、その法律を人びとは破っていましたし、罰を受けていました。法律が気に入らないのにもかかわらず、それに従うような教育は、男らしさに反しますし、宗教に反しますし、隷属の極みです」p112
M.K.ガーンディ『真の独立への道』(岩波書店, 2001)

★本の概要
 インド独立の父であるマハトマ・ガーンディが、自らの思想と運動の基本理念について述べた著作。ガーンディと急進的な若者との対話形式でまとめられていて分かりやすい。その非暴力の精神は、現代日本の政治を考える上でも大変参考になる。

★ガーンディの理論とは何か
 当時のイギリス植民地支配に対抗する方法論として、「過激派」「穏健派」に対し「サッティヤーグラハ(魂の力)」をガーンディは強調する。
 過激派は、イギリス政府に対して銃火・腕力により対抗を考える。穏健派はイギリスに従い、あくまで陳情による立場向上を目指す。
 ガーンディはいずれとも異なる。サッティヤーグラハとは魂の力とも慈悲の力とも呼ぶ。受動的抵抗、といった意味である。過激派のように、法律を破壊しようとはしない。穏健派のように、法律に服従もしない。法律に反対するけれども、もたらされる刑罰を引き受けるのである。誰もが間違えは犯す。サッティヤーグラハならば、徹底して権力は持たないために、過ちがあったとしても当人が刑罰を受ける以上の問題は引き起こさない。過激派は、単に権力が後退するだけで、民衆の独立には無関係だろう。徹底した民衆による思想・理論なのである。

★編集後記
 今日は総選挙。日本の政治状況にガーンディの理論をあてはめるとどうか。政府の行動に不満を持つならば、権力で変更を迫るでもなく服従もせず、まず非暴力で断り続けることになる。では、自分を犠牲にしてでも何に抵抗するのか? その事に気づけた時が、真の変革への一歩であるように思う。

posted by 藤沢烈 at 18:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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