2012年04月14日

省庁改革は「国のかたち」を変えたか。そして次の統治改革に必要なこと


 橋下市長が注目されています。彼は個別の政策以上に、統治機構の変革こそが重要だと強調しています。一方で、統治機構の変革は、現代日本でも繰り返し試されてきました。戦後における最大例は、"省庁再編"になるでしょう。この変革の背景・内容・成功理由を理解することで、これから進んでいく統治変革における本質が見えてくるのではないか。今晩はそうしたことを考えてみます。
 参考文献は、『省庁改革の現場からーなぜ再編は進んだか』。当時、省庁再編の現場にどっぷりと入られ、現在は復興庁統括官をされている岡本全勝さんによる一冊です。来週、田村太郎さんと三人で飲む機会があるため読んでいたのですが、期せずして日本の統治機構改革の最大ケースを知ることになったわけです。オススメの一冊です(アマゾンでは7000円になっていますが・・)

■省庁再編1.内閣官房・内閣府強化により政治主導へ
 当時1府22省あった省庁を、1府12省までに半減したことで有名な省庁再編。その奥底の本質を3つ説明したいと思います。「政治主導の強化」「審議会の整理」「民間人の任用」です。
 省庁再編を理解する上で、地方と国の統治機構がいかに違っていたかを理解する必要があります。それは、地方には企画部があるが、国には無かった点にあります。地方では、各セクションでつくられる政策に調整が必要になると、企画部が整理をしていました。それでも調整できない場合は副知事や助役(いまでいう副市長)にあげられ、最終的に首長が判断する決定過程がありました。
 しかし国にはそうしたプロセスは存在していません。各省庁がそれぞれ政策を出し合い、期限ぎりぎりまで競い合う状況だけがあったわけです。こうした状況について、地方は「組織内調整」だけど、国は「組織間調整」だったと岡本さんは書いています。
 この状態は、省庁再編時に改善が目指されました。省庁をこえて最終調整できる機関としてあらためて内閣官房が位置づけられることになります。またこの仕組を助けるために内閣府が設置されます。こうした組織変更にともない、省庁のボトムアップで政策決定なされる状況が変わり、内閣官房・内閣府の助けを通じ政治主導のボトムアップで国を動かすことが実現されたわけです。その効果は、小泉内閣時に最大限発揮されています。
 政治主導とどうじに、官僚による統治機構の象徴が崩されることになります。審議会の削減です。

■省庁再編2.審議会の整理
 国が意思決定をする上で、その正統性はいかに担保されていたのでしょうか。最終的な合意は、議会での承認ですし、その手前には内閣による閣議決定があります。しかし、そもそも閣議に提出される法案がいかに作られてきたかも論点でした。
 官僚が政策をつくるだけでは、正統性は維持できません。そこで当時、多用されていたのが審議会でした。各省庁では、そのテーマごとの有識者による審議会を設定します。その会議での議論をもとに、政策立案の方向性が定められていました。しかし、有識者の選定や、議論のたたき台・進行は官僚が設定。実質的には官僚による統治が機能していたわけです。
 省庁再編時には、審議会の数が211から90に減らされています。とりわけ、基本政策を審議する会は176から29に激減しました。この背景には、各省庁では大臣・副大臣・政務官による政治主導での政策形成を目指されたこと。規制緩和を進める中で、事前調整型から、事後監視型へと政府の関わりを変えることが意識されたわけです。(余談ですが、経済学者の飯田泰之さんが事後監視社会を提唱されていますが、省庁再編時にその思想が進行していたのです)。
 そして組織の変化にとどまらず、働く人材自身も変化することが試みられます。
 
■省庁再編3.民間人の任用
 省庁再編時には、民間人を政府にいれていく取組みも進みました。任期付任用制度は平成12年8月に法案化されます。行政の外部から、五年以内の任期をつけて一般職に採用できることが実現されたわけです。新府省発足時には16人の民間人が採用。大学教授、公認会計士、IT専門家などが任用され、課長級以上になったのも7名に至りました。
 アメリカは政権交代のたびに、多くの民間人が政治任用され政策を展開。イギリスの場合は多数の政治家が政府に入ります。この二つの側面が同時に、省庁再編時に進められたわけです。 

■成功理由は「法案化」「期限」「基本と実施の二分」
 内閣機能の強化。省庁再編。大臣数の削減。局・課の大幅整理。審議会の整理。戦後例のない形で、行政機構を改革することが実現に至りました。なぜ、こうした変化を実現させえたのでしょうか。その理由は、「最終報告」「基本法」「実施法」の3ステップで事を進めたことにあったそうです。
 まずは審議会が、省庁再編に関する方向性を最終報告します。この段階では、政府が改革を進行させる責任を負うことはありません。政権が変わったりすれば、忘れ去られることもあります。そこで、この報告は「基本法」ということで期限つきで法案化されました。政府は法律に従わざるをえない組織です。結果、省庁再編を進めるための組織が設立され、当時の橋本政権が変わってもそれは維持されたわけです。その後、期限内に再編のための実務が進められ、最後には「実施法」が制定されます。ここで再編が現実のものになりました。
 変革のための法案をつくる。期限を決める。基本法と実施法をわける。国の形を変えるためのノウハウがここに詰まっていて、勉強になります。

■国のかたちを変える上で、いま求められていること
 以上のように、省庁再編は一定の成果を成し遂げました。それでは、残された課題は何でしょうか。
 私は、「行政」と「民間」の垣根をなくし、民間人が表に裏に、オンにオフに行政(=社会)にコミットすることだと思います。震災復興にせよ、原発事故にせよ、私たちはどこか他人ごとです。ついつい「国の責任」と口に出し、無意識に自分の責任を回避してしまいます。こうした意識を抜けて、日本社会に起きるひとつひとつが自分たちの問題なのだと自覚できるか。そうした仕組みを作れるかが、これからの課題であるように思うのです。
 省庁再編を進める理由として、その法案に次の言葉が記されています。「国民になお色濃く残る統治客体意識に伴う行政への過度の依存体質に決別し、自律的個人を基礎とし、国民が統治の主体として自ら責任を負う国柄へと転換すること」。この言葉が高らかにうたわれ、それなりに国の変化は実行に至りました。しかし新しい箱はできたものの、民間が国を動かせているとは言えないでしょう。どこか我々が行政や社会に無関心でいることに、問題の根源が潜んでいるように思うのです。
 橋下市長も、「統治機構の変革」「グレート・リセット」を旗印にあげています。政策よりも統治機構を変えること。私も必要だと思います。ただ、そのことには留保条件があります。私達が観客のままでいることなく、当事者になること。その事を抜きにして仮に改革が進められても、依存体質が抜けず、結果社会が動くことはないでしょう。特定のリーダーに期待しすぎず、一人一人が自分の領域で責任を果たせるか。国のかたちを変える上で、これこそが今、求められていると思うのです。(4月13日)

■参考文献
岡本全勝『省庁改革の現場から―なぜ再編は進んだか』(2001)








 






posted by 藤沢烈 at 00:15| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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