昨日、復興庁から「復興支援に向けた多様な担い手のロードマップ」が公表されました。田村太郎さんが中心となって整理されたものです。セクターを越えて、地域を越えて復興に進むことが、従来以上に重要になっているのが今回の震災復興。その全体像を示した内容として貴重です。田村さんからも直接の発信があるでしょうが、まずは私個人からその概要とポイントを解説してみたいと思います。
概要→http://www.reconstruction.go.jp/topics/01.pdf
内容→http://www.reconstruction.go.jp/topics/02.pdf
■ロードマップの概要
3年間・5分野にわたり、行政・民間など各セクターにおける復興目標と課題が提示しているのがロードマップの特徴です。市町村やコミュニティ別に議論ができるよう、ワークシートも用意されています。(http://www.reconstruction.go.jp/topics/03.pdf )
各県や各地域、コミュニティごとに被災・復旧状況や課題は異なります。当然ながら三年間のロードマップも違ってきます。この内容を一つの土台にし、また各市町村の復興計画も参考にしながら、コミュニティごとにロードマップを作ることが求められるわけです。
さて、分野ごとに要点を整理していきましょう。
■1.被災者生活支援(p5)
発災直後は避難所、いまは仮設住宅というように、いま目に見える状況の改善に支援が集中する傾向があります。しかし大事なのは、次の環境を予測して備えることです。災害支援のプロセスは定式化されています。例えば来年以降多数の方は復興住宅にうつり、一部の資金的余裕がない方は仮設住宅に残り続けます。これから求められるのは、「仮設後」のコミュニティにいかに繋げていくか、です。
余談ですが、昨日仮設住宅入居が一年延長されると報道がありました(http://www.kahoku.co.jp/news/2012/04/20120414t71002.htm )。これは喜ぶべき点と難しい点と両面あります。被災者にとっては安心ですが、仮の住居期間が伸びるわけで、コミュニティ再形成や就労支援の観点ではややマイナスです。最終的に住む場所が決まらなければ、人は仕事につきにくいものです。その期間が伸びると、仕事に戻れる人の割合は減っていきます。決まった以上は前向きに捉え、コミュニティ形成を進め、仮設住宅やみなし仮設避難者をいかに受け止めるかを急ぐ必要があります。
■2.遠隔避難者支援(p6)
県外避難者7万人のケアが求められています。福島からの避難者が多いわけですが、岩手・宮城も津波被害の大きさにより内陸地域などに転出している人は少なくありません。そうした方々への支援のポイントは何か。それは、避難者と、避難元自治体の情報を結んでおくことにあります。阪神大震災でも市外・県外の避難者が96年末段階で5万5千人いましたが、多くの方は見捨てられているという孤立感が強かったそうです。地域に住んでいても「市役所は何もしてくれない」というイメージがあります。市と市民をいかに繋ぐかが課題です。情報通信事業者の役割もあるでしょう。
■3.復興まちづくり(p7)
世帯ごとに住む場所が与えられるだけでは、町は成り立ちません。喪失したコミュニティを再建することが求められるわけです。そのためのポイントは、「コミュニティ単位」で合意形成を進める点にあります。阪神大震災では神戸市にまちづくり条例が定められていたことが功を奏しました。あちこちで「まちづくり協議会」が設定され、住民がまちの方向性を考えつつ、行政と調整する様子が見られました。
市町村では、個別コミュニティ・集落の状況を把握することは困難です。旧市町村(小学校区)程度の大きさで復興を考える必要があります。例えば大船渡市は4万人の人口ですが、もともとは1952年昭和の大合併で7つの町・村が一つになり大船渡市に。さらに2001年平成の大合併で三陸町を編入し、いまの範囲に広がっています。3-4千人の10の旧町村で大船渡市は構成されているわけです。それぞれに歴史・産業・文化が異なり、住人もその地域に住み続けています。コミュニティ単位で、かつ住民主体で地域復興を検討する必要があります。
■4.産業再生・就労支援(p8)
被災地では土木・建築の復旧が急スピートで進みつつあります。しかし、地域産業が復活し、事業再開が図られなければ、地域の再生はありえません。綺麗な防潮堤と建物ばかりのゴーストタウンになりかねません。そこで産業再生が求められるわけですが、「中心市街地」と「漁村コミュニティ」で再生の仕方が異なることに注意が必要です。
大船渡市を例にとれば、大船渡町・盛町に市街地が展開されており、商業が発達しています。大船渡港にも面しており、工業も栄えています。この地域では、企業が中心となって雇用を支え、その周辺にコミュニティが形成されます。一方で旧・三陸町のエリアは農漁村集落が残る地域。ここでは、まずコミュニティを再建させて地域に生活を取り戻すことが先決。その上で、仕事を分けあいながら暮らしが再開されます。前者は雇用が生まれることでコミュニティが作られる。後者は逆に、コミュニティが再建されることで、生業が成り立ちます。ハローワークだけでは、被災地の雇用を増やすことはできないのです。
■民間・政府の連携事例としてのロードマップ
このロードマップの成立過程そのものが、新しい取組みとも言えます。概要は民間であり復興庁非常勤も務めている田村太郎さんが設計。その内容をプロパーの公務員の皆さんが整理。また復興庁として承認をえる段階で、ロードマップ上求められる意見を調整(今回は、男女共同参画の観点が付け加えられました)。そして大臣に報告され、正式に発表されています。
表面的には突然発表されたかのような内容ですが、阪神の経験と、今回の現場の意見、霞が関の調整などが踏まえられた内容になっているわけです。官民、被災地内外をこえて意見をまとめていく新しい流れの一つの産物であり、個人的に感慨深く感じます。もちろん、こうしたロードマップ自体を現地で活かないと意味がないわけで、実践に繋げるべくRCFとしても努力を続けます。(4月14日)