2012年06月08日

高齢化が進んでも集落は消滅しない/被災者を主役にする復興基金/自治体は積極的に集団移転調整を/創造的復興をめざして。復興基金10年の歩み〜6月8日(金)


■復興支援日誌 6月8日(金)
 今日は一日東京でした。午前中はアースウォッチジャパンの伊藤様が来訪されました。東北復興支援では、石巻や東松島等での生態系調査を続けられています。夏にかけて田んぼ生き物調査や干潟調査をされていますから、関心ある方はご覧下さい(http://www.earthwatch.jp/project/projectlist/japan/touhoku_suiden/ )。助成金のお陰で、宿泊費・滞在費2,500円で参加できます。
 明日からは福島・岩手に向かいます。

■中越復興視察からの気づき
 昨日行った長岡市での中越復興視察について、気づきを共有したいと思います。

□高齢化が進んでも、集落は消滅しない
 「高齢化が進んでいるのだから、住む場所も働く場所も一つに集めてしまった方がよい」。そんな声が東北復興の現場でも聞かれます。中越でも同じでした。山古志村は2千人の村でしたが、復旧費用が3千億かかるとの試算があり問題になったわけです。長岡市のニュータウンに全員引越した方が安上がりだと、政治家や学者も考えました。しかし山古志村民の9割以上は帰村を求めました。帰還したのは6割強ですし、高齢化も進んでいます。しかし、それでも十分復興はできる。けして集落は消滅しないと気づかされました。
 その象徴が山古志村の木籠集落です。ここは12世帯75%が65歳以上の超限界集落です。確かに住んでいるのはお年寄りばかりです。しかし、この世帯には300人以上のサポーターがついていて、頻繁に街から村に人が集まっています。(詳しくは→http://yamakoshikogomo.com/furusato )
https://lh5.googleusercontent.com/-vbuZ8qiAziE/T9C4H2qxTOI/AAAAAAAACyw/E_ZusWVn3Io/s800/P6073229.JPG
https://lh6.googleusercontent.com/-t9RxXf5s0Nk/T9GW1TLDEgI/AAAAAAAAC0Y/M1zzSBIrOaM/s800/P6073230.JPG
(木籠集落のリーダーである松井治ニさん71歳(上)。支援を募ることを忘れません(下))
 「値段がついていることが大事だよ。買ってくれなくてもいいの。売っていれば人が入ってくれるでしょ」。松井治さんの言葉が印象的です。集落に住む皆さんはパンや牛肉を持ち込んでいて、売れたら後で松井さんが代金を渡すのです。集落に生業が成り立っていることが驚きでした。
 高齢者しか住んでいなくとも、町から人が訪れればいい。村と町との繋がりができることが復興、そんなイメージが湧いています。
https://lh4.googleusercontent.com/-cE1Dmnt0M-s/T9GW25FHHeI/AAAAAAAAC0g/91BBrNY8Gkg/s800/P6073234.JPG
(集会施設で物をうるお婆さん。施設ではいろんな物が売られています)
 
□被災者を主役にする復興基金
 木籠集落で復興が進んだポイントの一つは、松井さんというリーダーの存在です。しかしそれに加えて、松井さんの発案を活かせる資金があったことも重要です。「中越大震災復興基金」を設立できたことが何しろ復興の役に立ったと、皆さん口々に話されていました。基金として積んだ3000億の年利2%を復興基金に活用します。10年間で600億円を拠出できたことになります。木籠集落でも、集落が被災したことを示す石碑をつくったり、集い・物を売る場である「郷見庵」をつくったのも基金事業からでした。
 基金事業のメリットは二つあります。一つは「迅速性」。議会など通常の予算承認プロセスを経ずに、理事会決議だけで必要な事業を進められたのがメリットだったそうです。2つ目は「連携性」。財団の理事長は泉田・新潟県知事であり、副理事長は森・長岡市長です。行政がもつ情報と連携することができましたし、住民にも周知がしやすい形となりました。3つ目は「柔軟性」。公平性を主とする行政のお金では難しい事業にも資金提供できています。例えば集落のお社の復旧に補助することでコミュニティの心を取り戻していますが、宗教施設である神社に資金を出すのは行政では難しかったでしょう。
(財)中越大震災復興基金 http://www.chuetsu-fukkoukikin.jp/

□中越の経験を活かそう
 都市型震災である阪神よりも、中山間地域の震災だった中越の復興の方が、東北には近いようにも感じました。しかし、中越で進められている復興施策が必ずしも東北には活かされていないように思われます。集落単位の復興や、基金での経験、官民連携の様子などを、もっと三県につなげていきたいと考えさせられる視察でした。

■新聞より『自治体は積極的に集団移転調整を』(岩手日報6月6日)
 昨日紹介した「復興推進委員会」ですが、新聞でも報道されています。その中で、「集団移転事業での住民合意形成において自治体が調整役を果たすべき」との意見が相次いだと伝えられました。しかし市町村のマンパワーは十分ではありません。合意形成に向けて、どのような支援が必要になるか民間からも考える必要があります。

■1477旅 『創造的復興をめざして 復興基金10年の歩み』(阪神・淡路大震災復興基金, 2006)
 阪神大震災の際に作られた基金事業について、10年目の報告書がまとまっています。ポイントを幾つか紹介します。
 まずは行政予算との違いについて。阪神大震災復興における平成8年から16年までの公的支出は10兆円でした。同期間での基金事業は3,500億円。3.5%になります。特に個人や中小事業者向けの支援では大きな役割を果たしました。特に恒久住宅への移行期にあたる被災3年目では1531億円を執行、復興事業費全体の11%を担っています。東北の復興予算は来年度より減っていきます。基金による被災者支援のための予算確保が必要だと考えます。
 基金メリットについて。事業承認にあたっては県・市町の担当部局、議会、時に国会でも議論が行われたとのことです。こうしたことが、セクターや地域を越えた行政機関の連携促進に繋がったとのことです。まちづくり分野・福祉分野では、NPOなど関係団体を復興に向けて一致団結できました。東北でも、地域とセクターを越えた連携が課題です。その点にも基金事業は役立ちそうです。
 RCFでは住民合意形成、コミュニティ形成の取組みを進めています。こうした分野でも、基金事業は役立っていました。まちづくりアドバイザーやコンサルタントの派遣事業がありますし、また一地区300万円のまちづくり活動助成を行なっています。現時点では政府予算で専門家派遣も行えますが、来年以降は未知数です。今後数年にまたがる復興を基金で補う必要があります。

■今日の一枚「山古志村の棚田と夕暮れ」
https://lh5.googleusercontent.com/-jMyPbcGEDCw/T9C4Oum2vGI/AAAAAAAAC08/7A-8-TWRGEU/s800/P6073246.JPG

posted by 藤沢烈 at 22:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 街と人の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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