2014年07月02日

震災から三年経つとできる店


藤沢が店長を務めていた"狐の木"(1998年撮影)

 1998年7月1日、私は仲間たちと共に「狐の木」という名のBarを開きました。阪神大震災が1995年1月17日に発生していますから、震災から三年目にできた店になるわけです。私は当時復興に関わっていたわけではありませんが、震災を機にNPOやボランティア活動に身を投じた同世代は少なくなく、「若い世代がいかに社会に関わるか?」ということを夜な夜な議論していました。「狐の木」は「物語Bar」と称し、社会について語り合える場を目指していました。
 昨日ふと、こんな記事をネットで目にしました。
「小野寺さんと鈴木さんが高校3年に進級する直前、東日本大震災が発生した。小野寺さんの古里・岩手県は沿岸部を中心に甚大な被害を受け、鈴木さんの地元・仙台市もダメージは大きかった。進学した福島県はさらに東京電力福島第一原発事故と風評被害という過酷な事態に陥っていた。
 そのさなか、復興に奮闘する多くの人に出会った。前向きな姿に心を打たれた。「将来、店を開きたい」と考えていた小野寺さんの夢が一気に膨らんだ。「人々は震災の影響を感じさせないほど活力にあふれていた。自分も人々を笑顔にしたいと思った」。2月、出店に向けて動きだした」
『福大生8日にバー開店 現役生が代々継承』
http://www.minpo.jp/news/detail/2014062616517

 彼らが開店するのも、震災から3年目。なるほど、いつの時代も若者は社会の変化に敏感に反応し、語り合える場を用意したくなるのですね。私自身、阪神大震災を機に動かされ、またそこで出会った仲間たちとともに、社会で役割をになっていった。そうしたサイクルが、繰り返され続けている。
 瞬発的な反応ではなく、一つ一つの語り合いと場からこそ、社会がつくられていく。そんなことを感じた、7月1日でした。

参考:
http://retz.seesaa.net/article/368044077.html (2013年7月1日)
http://retz.seesaa.net/article/278357842.html (2012年7月1日)

■お知らせ
□「WORK FOR 東北」企業向け説明会が7/9(水)日本財団で開催(個人も参加できます)
http://www.work-for-tohoku.org/event/20140709/index.html

□東北復興に関心ある方は、twitterとfacebookのフォローを是非お願いします→
https://twitter.com/retz
https://www.facebook.com/retzfujisawa
(了)
posted by 藤沢烈 at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 街と人の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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