2016年09月20日

台風10号災害から3週間。岩泉町へのボランティアと寄付について。/『羆嵐』(9月20日)

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三陸沿岸にて。

 台風10号によって、北海道・東北で大きな被害があってから3週間が経ちました。最大の被害をうけた岩泉町では社会福祉協議会がボランティアを募っていますが、まだまだ不足している状況です。
「19日は被害の大きかった安家地区にもおよそ120人のボランティアが入りました。安家地区は町の中心部から離れていることや道路状況などからボランティアが入れるようになったのは数日前のことです。被害から20日が経った今もまだ泥に浸かったままの家が多く残っていて、ボランティアは床下の泥をかき出す作業に追われました」
『台風被災地に多くのボランティアもまだ足りず』(岩手放送, 9月19日)
http://news.ibc.co.jp/item_28112.html 

 ボランティア進捗率は、久慈市86%、宮古市77%に対して、岩泉町は25%に留まります(9/17現在)。熊本もそうでしたが、「支援ニーズの未完了が続く」→「支援要請が控えられる」→「ニーズが少ないと誤解されボランティア減少」の悪循環に至る可能性があります。9/30までは盛岡から岩泉への無料バスも運行しています(※1)。県外ボランティアも受け付けていますから、ぜひ検討下さい。詳しくは、岩泉町ボラセンのfacebookページをご覧ください(※2)。
 もちろん行くことができない方が大多数でしょう。義援金の受付が進められていますし、手軽に募金できるYahoo!ネット募金もスタートしています(※3)。20日時点で3千人の方が100万円寄付して下っています。引き続きのご支援を、宜しくお願い致します。

※1 【ボランティア用】盛岡〜岩泉・盛岡〜久慈の公共交通機関時刻表(岩手県庁)
http://www.pref.iwate.jp/koutsuu/koukyou/048329.html
 
※2 岩泉町災害ボランティアセンターfacebookページ
https://www.facebook.com/iwaizumivc/

※3 2016年台風10号 岩泉町災害義援金(YAHOO!ネット募金)
http://donation.yahoo.co.jp/detail/5088001/


[1750旅]『羆嵐』(吉岡昭, 1982)★4
「男たちは、村落にとどまっていたことが不遜であったことに気づいた。その地を開墾地として村落を作ったが、それはかれらの勝手な行為で、その地は依然として雪深い渓流沿いの山間部であることに変りはない。羆は自由に行動し、餌をあさったにすぎないのだ」
「気象の激変に、男たちは眉をしかめていた。冬期の気候は不安定であったが、風の強さはかれらが今まで経験したこともない激しいものであった。 「クマ嵐だ。クマを仕とめた後には強い風が吹き荒れるという」」

 1915年に北海道苫前村で発生した、羆(ヒグマ)が民家を遅い、7名を虐殺した三毛別羆事件を描いた一冊です。吉岡昭さんは三陸津波を題材とした小説も書いていて、こちらも読みました。普通に町中で暮らしていると、便利で安全な生活が当たり前のように感じてしまいますが、そうではなくて、人は自然の中で生かされているのだ、と感じさせられます。東日本大震災もそれを考えさせた災害でした。



posted by 藤沢烈 at 06:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 街と人の旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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