2007年12月14日

57旅 『ユングと共時性』イラ・プロゴフ ★★★

「宗教の主観性から政治上の動かせぬ事実、あるいは商取引の冷酷な計算から個人的な親密な関係に至るまで、歴史のすべての側面において、社会の全構造は、その意味が因果関係の範疇に入らない事象によって満ちていることがわかる。現代の合理的精神は、社会と個人の作用を記述する厳密な『法則』を見つけるべしという強制を感じているために、これらの不愉快な非合理的事象の存在は、無視されなければならなかった」p61
「――すれば、・・が生じる」ということが解ると、人間はその現象を『支配』することができるようになる。このような考えで、われわれ人間は自然科学を進歩させてきて、その恩恵によって人間は自然を『支配』してきたので――それが真実かどうかはともかくとして――、現代人は因果的思考からなかなか脱け出すことができない。従って、共時的現象に対しても、ついそれを因果的に説明したり、記述したりしようとする傾向が強く認められるのである」p193, 河合隼雄解説
イラ・プロゴフ『ユングと共時性』(創元社, 1987)

 ロジカルシンキングに対して神話的思考が、次の社会に必要だと考えてきた。しかし神話と聞くとみな構えてしまう。私自身も、相手を説明する相手は選んでしまう。初対面では尚更なので、こうした話をしたい方は是非リクエストしてほしいぐらいだ。
 なぜ、現代では神話は避けられるのか。それは、20世紀型の人間は、あまりに科学的論理的な考え方に染まってしまったからだろう。
 著者が取り上げている共時性(シンクロニシティ)の話を持ち出しても、よく言われるのかは「そんな事はありえない」。あるいは「シンクロニシティは絶対に存在する」。別の考え方のようで、実は科学的論理的にものを捉えようとしている点では、実は近い。私も科学的に言えばシンクロニシティは説明つかないと思う。
 説明のつかない出来事は幾らでも起きる。それを証明するのではなく、その意味を考え、縁を大切に思えるかが、問われるのではないか。


□参考ウェブサイト
『ユングと共時性』


ユングと共時性2.JPG
posted by 藤沢烈 at 10:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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