2007年12月21日

64旅 『「出会い」の不思議』河合隼雄 ★★★

「若者がオカルトに興味をもつのは、これまでの自然科学万能的な考えに対する反発として生じてきている。そして、こころや霊などの不思議な現象が存在し、それはこれまでの自然科学の理論によっては解明できないと主張する。そのような現象はあるかもしれない。しかし、オカルト的なまじないやいろいろな『方法』によって自分の望む結果が得られると考えるところで、大きい誤りを犯してしまう。『・・すれば必ず・・になる』というようなことを信じることによって、安易に偽科学が偽宗教の道に迷い込んでしまうのだ」p318
「現代における青年が、ひたすら純粋に、生きることに関する根源的な問いを追求していこうとするとき、その受け皿となるようなものがないに等しいのだ。したがってオウム真理教のような偽者にでもひきこまれてしまうのである。(中略)神話のない民族など存在しない。しかし、神話の誤解や、低級な神話が民族の命を奪いかねないという事実も、われわれはよく知っている。オウム真理教という集団における神話のはたらきを見るだけでも、それはよくわかるだろう。だからと言って神話そのものを否定することはできない。今後は個人ということが重視されるので、各個人が自分自身の神話を見出していかないと命がなくなる、とさえ私は思っている」p47
河合隼雄『「出会い」の不思議』(創元社, 2002)

 次の時代では科学/論理よりも、神話/物語が鍵になると書いてきた。ここで一度整理してみたい。
 私が言いたいのは、「A.見える世界を神話的にみよう」ということ。「B.見えない世界を科学的にみる」のではない、ということだ。
 科学思考にはまると、偶然のできごとを軽んじる。神話思考を持つことで、日々周囲に起こる縁を活かすことができる。特にビジネスの世界。経営の意思決定は再現性が高くない。経営理論にあてはまるかを考えすぎず、目の前の出来事を、天からのチャンスと考えた方が、成功するだろう。法則ではなく、姿勢なのだ。
 科学思考と神話思考。二つの姿勢の違いを理解しながら、日々の生活を送ることが、次の時代に求められると考えている。



□参考ウェブサイト
『河合隼雄』
posted by 藤沢烈 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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