2007年12月28日

71旅 『ホロン革命』アーサー・ケストラー ★★★★

「生物は要素の集合体ではない。また生物の行動を『行動の原子』に還元することもできない。体という側面を見れば、生物は循環器系、消化器系などのsub-whole(亜全体)で構成される全体であり、そのsub-wholeは器官や組織などより低次のsub-wholeに分岐し、さらにそれは個々の細胞に、その細胞は細胞内の小器官に・・とつぎつぎ分岐していく。言いかえれば、有機体の構造や挙動は、物理化学上の基本的プロセスで説明することも、それに還元することもできないのだ。有機体はsub-whleが層をなすマルチレベルのヒエラルキーなのである。(略)ここで強調すべき点は、このヒエラルキーの構成メンバーのひとつひとつがどのレベルにおいてsub-whole、すなわち<ホロン>であることだ。(略)たとえば細胞、筋肉、神経、器官などすべてがそれ自身に特有の活動のリズムとパターンをもち、それらはしばしば外部からの刺激なしに自然発生的に表にあらわれる。つまり細胞も筋肉も神経も、ヒエラルキーの上位のセンターに対し「部分」として従属しているが、同時に準自律的な『全体』としても機能する。まさに二面神ヤヌスである。上位のレベルに向けた顔は隷属的な『部分の顔』、下位の構成要素に向けた顔はきわめて独立心に富んだ『全体』の顔だ」p55
「人間は必要とあらばいつでも人間性を放棄する。特異な個性を大きな団体構造に溶け込ませるには、そうせざるをえないのである。これは自然がわれわれ人類に組み込んだ致命的な欠陥であり、それゆえに人類が生きのびる可能性はきわめて低い。われわれ人間が高く評価している忠誠、修行、献身といった美徳が、実は破壊、組織的な戦争を生み、悪意に満ちた権威のシステムに対し人間を盲目にするというのは、なんとも皮肉である」p150

 12月7日のブログにクリシュナムルティの著作に触れたが、その際に木戸寛孝さんに薦められたホロン革命を手にした。80年代に世界を席巻したニューサイエンスの代表的一冊。原題は二面神である『JANUS』。邦題をつけたのは松岡正剛だ。
 会社の中の自分を思い浮かべてほしい。会社のビジョンやルールの中で、誰もが個を順応させて「部分」として生きる。同時に、当然自分自身は個性的な「全体」でもある。人間はじめ、すべての物体や精神は二面性をもつ「ホロン」だと喝破したのがケストラーだ。
 自分のみが「全体」とみなすと、行き過ぎた個人主義にはまり、孤独にさいなまされる。組織の「部分」とみなすと、自分の存在価値が見えなくなるし、狂信集団(企業組織も含まれる)に盲目に従うことになりかねない。
 部分と全体の統一へ。西田幾多郎が著したように、内なる自己を意識しつつ宇宙全体に繋がることを志向できないか。ひとりから、ひとつへ。

□参考ウェブサイト
『ホロン』
『アーサー・ケストラー』








posted by 藤沢烈 at 08:52| Comment(6) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この三次元(時空間)では、常に「二面性」(効果と逆効果)が生じる世界であることが理解できたなら、その境界を結びつけ“ひとつ”になる場とはいかなる場であり(what)、そこへはいかにして辿り着けるのだろうか(how)?


そのヒントになるのが下記の本です。
ピンとくるようでしたら、是非読んでみて下さい。


(what)=次元の違いに対する認識

「全体性と内蔵秩序」/デヴィッド・ボーム


(how)=内面にフォーカスすることの意味と方法論(瞑想ではだめ)

「意識のスペクトル」/ケン・ウィルバー
「無境界」/ケン・ウィルバー



Posted by 木戸 at 2007年12月28日 18:35
三冊とも早速購入しました! ケン・ウィルバーが今日気になって調べていましたから、シンクロです。年内に届くようで、年をまたいで読んでみたいと思います。明日も宜しくお願いします。
Posted by 藤沢烈 at 2007年12月28日 18:56
アーサー・ケストラーという人を始めて知りましたが、かなり正確に深く生物の物理を語れる人だなと驚いています。

実は僕は上に引用されているようなことを3年間も酔狂で勉強してたんですが、
>上位のレベルに向けた顔は隷属的な『部分の顔』、
>下位の構成要素に向けた顔はきわめて独立心に富んだ『全体』の顔
を示す生体や生体が構成する社会は同じ性質を示します。(専門用語ではallometric lawやallometryと言ったりします)

僕はこの事を知ったとき、もはや上位レベルへ隷属的になることも下位レベルに自身の独立性を示すことも馬鹿馬鹿しくなりました。
大切なのは部分も全体も同じ性質を示すという事実であり、それに「従う」ことが自分のすべきことだと強く思いました。

このような人間の通常の知覚を超えた(普通、人はヒエラルキーの上と下で違う性質を持ったり示したりすると思ってるはずです)真実に触れ、その真実を実践するような「生き様(これは今日烈さんが言っていたことです)」を獲得した時、脱二元論な世界が拡がって来る。
そうなんだろうな、と今日話を聞きながら思っていました。

「生き様」を獲得するための「世界の真実」は何なのか。一人一人違う答えが出てくると思いますが、きっと自然科学の知識の中にヒントがあると僕は思います。
自然科学の本でなんか良いものがあったらまた紹介させてください。
Posted by kurihara at 2007年12月28日 23:03
kurihara様

いろいろと考え経験されているんですね。
敬服いたします。

ケストラーもボームも、みな自然科学を対象とする物理学者であり、他にもカプラなど、主体と客体の分離に悩み、科学的手法そのものに限界を感じた賢者でもあります。

また、同時に「内観」という手法の限界に気づいたのがクリシュナムルティを筆頭に、ダライラマ、そして空海もその一人でしょう。即身成仏は瞑想に対するカウンタブルな結果、生まれたものだと思います。
じつはケン・ウィルバーすら、最近の学会で、境界を越えられないことを自白しています。

自然科学の本で、あえてこの分野にチャレンジしているとしたら、ひも理論における11次元の存在を解明する取り組みと、ホーキングのM理論ですね。オックスフォード(英)とスタンフォード(米)は、アカデミーにおいて【暗黙知】の研究をしています。(残念ながら日本にはありませんね。)

自然科学における宇宙論では、「マルチバース」や「超空間」とも言った文脈で表現していますが、この内容を一番分かりやすく書いてあるのが下記の本だと思います。数学的知識なく読めます。

「パラレル・ワールド」/ミチオ・カク

この著者は、現代物理学の権威の一人です。もしピンと来たら読んでみて下さい。

ただし、ウイルバーらの主体的意識が何たるかを問うことをしていない人が読んだ場合、その意味(意義)は理解できないかもしれません。
何故なら、宇宙をそのように見ている(認識している)のも、最終的には人間の意識だからです。つきつめれば認識論の分野になり、科学では「人間原理」という名で議論が白熱しています。

難しいですね。
でも、「問い続ける」ことこそ
霊長に与えられたプログラム(ミッション)のような気がします。
Posted by at 2007年12月29日 01:42
> 様(お名前が・・・)

>でも、「問い続ける」ことこそ霊長に与えられたプログラム(ミッション)のような気がします。
難しいですね。
ただ僕はある生物の先生が、
「人間なんてのは高々三百万年しか生きていない。植物は十億年生きている。自然の前でね、人間なんてのは農家の末っ子なんだよ。謙虚にならなきゃいかん」
と講義で言っているのを見て何かヒントを得てしまいました。

人間の意識も部分であり、(漠然としてますが)全体に属します。
部分だけ見ていても何も意味を生み出しません。
全体を見て問うてこそ道しるべとなるはずです。
さて全体とは何ぞや。
僕はイモリを研究してきた前述の先生に従おうと思います。
そこでは「問う」と同時に「見る」もミッションの内に含まれます。

ベルタランフィという人の一般システム理論という本を読むと(数式だらけの本ですが。。)、自分がどういう全体の中にいる部分なのか見るべきだと真剣に考えさせられます。
Posted by kurihara at 2008年01月03日 00:50
kurihara様

レツも私も基本的に文系の人間のため「哲学」的手法をもって世界と向き合う傾向が強いと思います。

科学の「観察・実験」(=見る)という手法と違い、哲学は「内省」(=観る)という手法で世界と対峙します。

また一般法則を見つけるという合理主義的な観点ではなく、弁証法という「否定」する(疑う)ことが思考の原動力となります。

疑うとは一つの「事実」(結果の世界=見える世界)をそのまま受け入れることなく、その事実は果たして正しいかとか、その事実はなぜ存在するのか、などと色々考えることですが、
そのためには、哲学者は、まず具体的な「事実」を知らねばならず、現代において事実を最も精密に知るのが科学と思います。(ちなみに、哲学は現れの奥にあって、それを可能にしているものを把握しようとします。だから全体の学とも思います。)

そうであるなら、哲学が具体的になるためには、どうしても科学が必要であり、哲学は、科学からいろいろ教えをうけなければならないとも思います。

レツとは、今後いろいろな社会的実験をしていくつもりですが、僕らはやはり科学的知識は専門家の人達からみれば未熟ですので、いろいろ教えていただければ有り難く思います。

何がご縁があるようでしたら、よろしくお願いします。


ps:イモリの先生って、東大の分子生物学の方ですよね。とても素敵な方ですよね。

ps:
ベルタランフィのシステム論は「越境する巨人」という彼自身の著作ではありませんが、読ませていただきました。サイバネティクスのフィードバックシステムは素晴らしい考えと思いますが、21世紀は時空間世界と相対する新たな世界(次元)と結びつけたシステムズ・アプローチが求められているとも思います。ペンローズはチャレンジしたものの現段階ではうまくいっていないようにも感じますが、kuriharaさん、是非チャレンジしてみてはいかがですか?
Posted by ドッキー at 2008年01月04日 21:43
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