「人間は年齢にかかわらずその器を大きくしていくことができると、私は考えています。そして読書体験はそのために非常に役立ってくれるものなのです。たとえば、ドストエフスキーが『罪と罰』で描く人物たちは、みなクセが強く、実生活では受け入れがたい人々です。けれどもこの作品を読んでいくうちに、登場人物は確実に心のなかで息づいてきます。自分の心に異質な人物が住みついてきたなら、それは心が広がってきた証拠です。読書とは、今ある自分とはまったく異なる性質の人間を心のなかに住まわせることであり、その分だけ、自分の器を大きくしてくれるものなのです」
斉藤孝『絶対感動本50』(マガジンハウス、2003)
書くことが、自分の中の無意識/暗黙知に気づいていくためのプロセスだとする。では、読むこととは、何だろう。来週から読書会を開いていくのだが、先立って、読書そのものに関する本を数冊読んでいきたい。
斉藤孝は「自分の心に異質な人物が住みつく」とする。自分自身を見つめなおしても、4ヶ月近く毎日本を読んでいるが、一ヶ月に一回は、自分を揺るがす本と出会う(出現する未来であり、神話の力であり、無境界である)。すると、その本を読む前の自分と今の自分は、違った存在のように思える。
読むことにより、他界された賢人たちの考えに触れることができる。さらに言えば、考えを自分に取り込み、それにより自分を変化させることができる。
本は、固めてしまった自分を溶かし、ふたたび世界とつなげてくための道具になれるのだ。
励みになります。⇒書評ブログランキングへ投票する(1日1票まで)
□参考ウェブサイト
『斉藤孝』


