「私がこの(物質と精神の)循環の出発点として、仮に物理学を選んだのは、それが私にとって最も熟知の地域であったからにほかならぬ。われわれの真の出発点は物質と精神とのいまだ分れざる所にあらねばならぬ。もろもろの科学の分化発達する根源を現実の世界における人格的な行為に求めねばならぬことは、いまさらいうまでもない。人間性に対する自覚と信頼とを離れては、哲学も科学もその存在意義を失ってしまうであろう。われわれは幾度もこの源流に立ちもどり、そのたびごとに自覚を新たにしたうえで、さらに遠い路を行かねばならぬ」pp70-71
湯川秀樹『目に見えないもの』(講談社, 1976)
日本人初のノーベル賞をとった湯川秀樹。荘子を愛した彼は、科学と精神性に対しても、いずれにもフェアな見方をされていた。
湯川の物理観、人生観が語られる本著は、戦前から時々の若者たちに心を捉えてきたようだ。
湯川は、物質と精神をいかに考えたか。まず、石と猫を考える。量子力学的にはさほど変わらないハズの二つの物体。が、猫は生命が宿るゆえに、全くことなる振舞いがなされる。湯川はその先に、心理学と意識の世界を見定めていく。
物を徹底的に見つめていく中で、物質と精神の双方の重要性を認識していく湯川。徹底した思考のその先に、物質と精神が一体となった何者かを探り当てていくことになる。
物質と精神の融合された何か。現在では、それは神秘主義のカテゴリーに入ってくる。ノーベル賞と神秘とは、なかなか考えつけないとり合わせだ。
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□参考ウェブサイト
『湯川秀樹』

