2009年09月27日

1256旅 大久保幸夫『仕事のための12の基礎力』★★★★

「企業が採用したい『人物像』が、業界を超えてひとつになってきたような気がするのです。全ての企業が数少ない同じような『人材』を競ってとりあっているのです。しかし、その基準が就職希望者1人ひとりや学校などには伝わっていないために、いわゆるミスマッチを起こしたり、学習の非効率を生んだりしています」p2
大久保幸夫『仕事のための12の基礎力』(日経BP社, 2004)

★本の概要
 仕事に必要な能力とは何か? と聞かれて明快に答えられるだろうか。その一つの回答を提供してくれるのが本著。著者はリクルートワークス研究所所長の大久保幸夫さんである。

★12の基礎力とは
 「コミュニケーション能力」といった曖昧な力でもなく、専門的なスキルでもない、幅広く人に求められる基礎力が、学ぶべき年齢別に整理されている。
 対人的能力について。10-20代から学ぶべきなのが「反応力」「愛嬌力」「文脈理解力」。ビジネスの開始時は能力は不足がちだから、上司や顧客からも助けられる必要がある。こうした力がなければ孤立しがちになる。30-40代から求められる対人能力には「人脈開拓力」「委任力」「相談力」「教授力」が現れる。肩書きを離れ、部下をリードして大きな仕事を行うためにも必要な力だ。
 対「自己」能力では、楽天力と継続学習力があがる。ストレスのかかる仕事を乗り越え、新しい動向・環境に適応させるために10-20代から求められる力だ。対「課題」能力は目標発見力と専門構築力。初期にはあらゆる課題で目標を見つける姿勢が必要になる。30代ともなれば、他の人にはない独自の専門性が求められる。
 40代以降の最後に必要なのは仲介調整力だという。全ての基礎力を総合した内容であり、人生で何回しか遭遇しないだろう大きな仕事を成し遂げるためにも、必要になる。
 
★編集後記
 私の場合、学生時代のレストランバー経営によって反応力や愛嬌力。マッキンゼーで目標発見力や文脈理解力。その後独立してから委任力や相談力などを身につけやすい環境にいたなあ、と理解。意識的ではないけれど、ビジネス能力を得やすい方向でうまく進めたようだ。


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2009年09月26日

1255旅 聖戒『一遍聖絵』★★★★

「自ら求め究めた教えを世の多くの人たちに弘めることを使命とした一遍聖の教えは、不安な世相に迎え入れられた。不安を解消したいがために、身体を動かして踊り、念仏をとなえるといった踊り念仏が、民衆のあいだに迎え入れられた。(略)この踊り念仏が、盆踊りの源流ともなった」p148
聖戒『一遍聖絵』(岩波書店, 2000)

★本の概要
 旅を続ける英雄達に興味がある。鎌倉時代に時宗を起こした一遍も、布教を続けなら死を迎えるまで旅を続けた英雄の1人。その軌跡は、一遍聖絵という歴史的書籍になったのこされている。聖戒は一遍の弟子であり、師匠の死後10年でまとめたため、神格化されていない。当時の生活風俗を知るための本としても貴重だという。

★一遍の旅
 一遍が天啓を受けたのは熊野だったという。当初は天台宗・浄土宗を学んでいたが、1274年、35歳の際に熊野本宮に参籠。そこでの啓示以来、一遍と名を改め、諸国遍歴をスタートした。熊野の後は1276年に九州、1278年に四国を経由して備前國へ。1279年には京都を出て信濃へ向かった。この地で、空也にならい初めて踊り念仏を行う。1280年には東奥羽をさらに北にむかい江刺にまだ至る。こうした遊行は15年にわたって続けられ、最後は兵庫県にて、51年の生涯を閉じる。
 当時の日本を鹿児島から岩手まで練り歩いたのだから、今で言えば世界中を放浪したことと同値だろう。各地・各現場の人々を精神的に支えながら、旅を続ける。とても感銘を受ける生き方だ。

★編集後記
 21世紀フォーラムの講演、無事に終了。70人ほどいらしたでしょうか。朝早くにも関わらずお越し頂き、ありがとうございました! 

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2009年09月22日

1251旅 福島脩美『自己理解ワークブック』★★★★

「心は観察することができるのでしょうか。喜びの感情がわいた思ったら嫉妬心に変わっている、悲しみと喜びが同居しているようなときもある、というように移ろいやすい心。心は目に見えませんね。そして意識を向けたとたんに心の状態は変化してしまいます。また身近な人の心についても、私たちはたぶんこうだろうと推測をしているに過ぎません」p1
福島脩美『自己理解ワークブック』(金子書房, 2005)

★本の概要
 「自分とは何者か?」は、生きている間ずっと考えざるをえない問いだろう。それに応えるべく、1人でできる数多くのワークを紹介されているのが本著。著者は目白大学心理学研究科教授であり、カウンセラー。

★自分を理解するワーク
 「20の扉」。「私は○○である」を20回答することで、無意識にもっている自分の関心領域や、自分を肯定的に捉えているか否定的に捉えているかを理解することができる。「ジョハリの窓」。自分に関する事柄について「自分が知っているor知らない」×「他人が知っているor知らない」で四通りに分類。思った以上に自分が知らない自分に気づくことができる。「ことばの言い換え」。「1000円しか持っていない」を「1000円なら持っている」「「持ち歌は二つしかない」「二つならある」等と言い換えることで、言葉の使い方で感情が左右されることが理解できる。あるいは、「嘘をつくことができない」→「嘘をつくことをしない」、「徹夜が出来ない」→「徹夜をしない」と言い換える。客観的ではなくて実は主観的だと捉えることで、依存から自立へと転換できる可能性に気づける。
 他にも自分の外面/内面/精神へのとらえ方を探るワーク、親など特別な相手への投函しない手紙を書きあげ、また想像してその返事を書く想定書簡法などが紹介されている。自分を知りたい秋の夜長に適した一冊だ。

★編集後記
 過ごしやすいはずの秋だけれど、気温の調節が難しくて、そこまで仕事も捗らない。ただ、そろそろアイデアが閃くような、そんな予感だけある。

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2009年09月20日

1249旅 アーノルド・ミンデル『自分さがしの瞑想』★★★★

「プロセス瞑想、あるいはプロセスワークは、瞑想、あるいはワークそのものが目的であるという点で、座禅をすることが目的である曹洞禅ととてもよく似ています。両方とも、ストレス状態でも、心の安らいだ状態でも、どれかひとつの状態を選り好みせず、可能なすべてのやり方で、その瞬間を完全に生きようとするのです。つまり、いま、ここに、生きるのです」p32
アーノルド・ミンデル『自分さがしの瞑想』(地湧社, 1997)

★本の概要
 プロセス指向心理学の創始者であるアーノルド・ミンデルによる一冊。分析的な西洋心理学でもなく、内面世界に落ちすぎる東洋瞑想でもない、第三の道を模索されている。

★プロセス瞑想とは何か
 ミンデルによる西洋と東洋の各方法論への指摘を整理しておきたい。
 西洋流は、自分の内面に無関心すぎるのが問題であるという。人間関係の洞察には長けるが、個々人の細やかな心理状況を置き去りにしがちだという。東洋流の問題は二つ。雑念を否定しすぎる点。また内面を重視するあまり、日常の人間関係を疎かにしてしまう点があるという。
 ミンデルは第三の道として、プロセス瞑想(プロセスワーク)を提唱する。自分の心の中への気づきを重んじるのは東洋流に近い。しかし、人間関係や感情などの"雑念"も気づきのために必要なプロセスとして大事にする。

★編集後記
 個人的にミンデルの考えは納得しやすい。心を無に近づける座禅も好きだけれど、日常的には行っていない。むしろ偶然の縁や、心の動き(ミンデルのいう二次プロセス)から、自分が何を求められているのだろう、と考えることが多い。 

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2009年09月17日

1247旅 神田昌典『全脳思考』★★★★

「土壌を整えておけば、アイデアという種子はそこに舞い降り、自然に発芽・成長しはじめる。結果の違いは、種が降りてくるかどうかではなく、準備を整えているかどうかで決まるのだ。だからこそ、理想の未来を受け入れるよう準備することが大切。そして、そのためにあなたを最大限サポートするのが、全脳思考モデルである」p143
神田昌典『全脳思考』(ダイヤモンド社, 2009)

★本の概要
 『口コミ伝染病』『60分間・企業ダントツ化プロジェクト』などの著書で知られるコンサルタントによる、論理思考と物語思考の統合アプローチを説明した一冊。『出現する未来』でも紹介されたU理論や、ジョセフ・キャンベルが説明した物語元型に基づくモデル、「Uの底」の深層とビジネスの結びつきにも言及されていて、私の関心領域と大変近いエリアを書かれている。

★全脳思考の五つのステップ
 タイトルの「全脳思考」は、分かりやすくモデル化されている。
 ステップ0・準備。縦軸にプラスとマイナス、横軸に現在から未来までを三等分した、マトリクスを作成する。ステップ1・顧客の未来。マトリクスの右上に、顧客が120パーセントHAPPYとなる状況を描く。顧客イメージをイラストで添えつつ、VAKFM(視覚、聴覚、感覚、名声、金銭)の観点で詳細を吹き出しで記入する。ステップ2・顧客の現在。同様にVAKFMの観点で左下の現時点での顧客状況を記す。ステップ3・クライマックス。現在(左下)から将来(右上)までのルートを書きこむ。神話が「旅立ち」「通過儀礼」「帰還」といった定型をとるように、直線でなく蛇行させるのがポイント。ステップ4・気づきのホップ・ステップ。クライマックス含めて三つのアイデアを盛り込む。ステップ5・オープニング。クライマックスに対応させた、最初の状況を描く。

★編集後記
 問題解決のためには分析思考と発想力の二つが必要なことは、コンサルタントなら誰でも知っている。しかし論理的思考力が強調されすぎた為に、型どおりの詰まらないソリューションが広がっているようだ。しかし右脳的・直感的な発想力を鍛える方法論は多くはない。そうした思考法を誰でも使えるように丁寧に説明したのが本著だと言える。


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2009年09月15日

1245旅 山田ズーニー『考えるシート』★★★★

「何から始めたらいいか、どう始めたらいいかわからない人は、とりあえず、『自分でも、自分が本当に思っていることが言えたと思う』というところを、ゴールに置いて話してみて下さい。自分が本当に思っていることが言えたと実感する、ここからしか表現は始まらないのです」p180
山田ズーニー『考えるシート』(講談社, 2008)

★本の概要
 文章表現・コミュニケーションの専門家として活躍する山田ズーニーさんによる一冊。「相手とつながる」「自分とつながる」「社会とつながる」の三テーマに即して、数多く提示されるシートを埋めることで「考える」とは何かが理解できる。

★何を書き込み、何を実現するか
 三つ目の「他者・外・社会とつながる」では、様々なシーン別に考え・表現することで外部とリンクするための方法論が伝えられる。
 レポート作成。作成上の「問い」、実際に起きている「事実」、そこから読み取れた「考察」の三つに考えを書きこむことで、レポートの骨子をスピーディに作成できる。小論文。問い・事実・考察まではレポート作成と同様。最後に「意見」が加わることで論となる。会議。「テーマ」「議題」「ゴール」「会議後の展開」「メンバー/時間/流れ」を整理することで、効果的な会議を実行できる。スピーチ。「テーマの洗い出し・絞り込み」「テーマに関する想いの書き出し・絞り込み」「話の流れ」を書きこむと、人まえで話す時のサマリーができあがる。 

★編集後記
 他者や社会との関係を真剣に捉え、かつ紙に書き込んでみる。そうすることで、自分の考えを深め、自分が外と繋がることになると理解できる。


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2009年09月14日

1244旅 天野敦之『宇宙とつながる働き方』★★★★

「すべてが愛であり、すべてがつながっていて、すべてがひとつであると考えると、私たち一人ひとりが本当にかけがえのない、素晴らしい祝福された存在であることに気付きます。(略)すべてがつながっているという真理は、一人ひとりが全体に埋没した、取るに足らない存在であるという意味ではなく、逆に私たち一人ひとりが宇宙そのものであるかのような、壮大な感覚を意味するのです」p63
天野敦之『宇宙とつながる働き方』(総合法令出版, 2009)

★本の概要
 大学時代からの友人であり同志である天野敦之さんによる最新作。これまでを反省し、これからのビジネスの在り方を模索した一冊。新しい考えにチャレンジされ続ける姿に、友人としていつもいつも感銘を受ける。

★宇宙とつながる働き方とは
 「宇宙とのつながりを取り戻す」ことによってビジネスは好循環を始めるという。従来のつながりを分断してきたビジネスと、新たにつながりを取り戻せるビジネスについて、16の観点から違いが整理されている。
 ビジネスの目的は「短期的な利益の最大化」から「すべての人たちの幸せ」へ。利益は「奪うことにより利益」から「創造の対価としての利益」へ。時間軸は「目先の成果」から「長期的に持続する成果」へ。人間観は「機械」から「無限の可能性に満ちた存在」へ。リーダーシップは「権力により管理」から「生き様による導き」へ。
 「目に見えない資本主義」の田坂広志さん、「新しい資本主義」の原丈人さんらを追いかけて、天野さんも次世代のビジネス社会をイメージしつつあるように思う。

★編集後記
 全てに意味があると考えた場合、世界を分断してきた近代合理主義も何らかの役割があることになる。その一つは、「宇宙とは何か」「ひとつであり一人である人間とは何か」を認知できるようになった事だろう。宇宙の意思とは、分析思考によって自らを顕現させることだったかもしれない。


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2009年09月13日

1243旅 ロバート・ハリス『エグザイルス』★★★★

「『島流し人間』そんな言葉が頭に浮かんだ。英語で『EXILE』という。流浪の民、村八分の人間、放浪者、アウトサイダー・・。そんな意味を含んだ言葉である。パーフェクトだと思った。そして、それは僕の生きざまのようでもあった。ノートブックに大きく書いてみた。『EXILES(エグザイルス)』。僕の人生のまたまた新しい始まりのような気がした。1978年のことだった」p269
ロバート・ハリス『エグザイルス』(講談社, 2000)

★本の概要
 J-waveのナビゲーターとして有名なロバート・ハリスによる半生記。エグザイルスという書店+サロンカフェをオーストラリアで経営されていた。私も狐の木というサロンバーを経営していた10年前に、初めてこの本を読んで強く共感した事を覚えている。

★内面の旅へ
 10年前に読んだ時はサロンのエピソードに惹かれたが、今回は心の内面に関するエピソードが気にかかった。
 カルカッタのユースホステルで、雑誌の記事を参考にしながら「100の人生のリスト」をハリスは作成する。一生かけて成し遂げたい事で「アマゾンをいかだで下る」「ギリシャの町に住んで小説を書く」「チベットのラサでタントラ・ヨガを学ぶ」など旅に関する項目が多かったようだ。10年前は目標思考も強かったから、自分もリストを作って幾つか実践したし、仲間にも薦めていた。ハリス自身は旅の途中でリストを失い、その後は新しく作ることに意味を見出さなかったとの記述が、再読して頭に残った。少しだけ分かる気がする。あらかじめ設定されたイベントを消費するのではなく、日々の偶然に包まれてるのが生であるように思うからだ。
 60-70年代はヒッピー文化が世界の旅人を覆っていて、旅する先々で精神文化やドラックカルチャーに染められていたようだ。ヘルマン・ヘッセやヘンリーミラーを耽読されていた。当時観光客がいないパリ島では瞑想の日々を過ごし、16年滞在したオーストラリアではニューエイジ系の書店を引きとって、カウンターカルチャー関連の若者達が集う場を作っていた。

★編集後記
 バリ島もバンコクも近代化しつつあるが、逆に40年先から今という時代を見れば、フロンティアに溢れた時代に見えるだろう。時代は連続する。最前線はどこなのだろう?


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2009年09月12日

1242旅 バックミンスター・フラー『バックミンスター・フラーの宇宙学校』★★★★

「わたしには、若者たちの世界がその感性を守り、育て、独自に思考し、おおいなる神秘を発見しつつあるように思える。彼らは生命に存在する驚くべき神秘を見出すために、宗教などを必要としているのではない。彼らは、なぜ、どのようにして宇宙が様々な統合を表出させているのかを理解しようとしているのである」p266
バックミンスター・フラー『バックミンスター・フラーの宇宙学校』(めるくまーる, 1987)

★本の概要
 アメリカの思想家でありデザイナーであり建築家であったのが、バックミンスター・フラー。「宇宙船地球号」というコンセプトを広めたことが有名であり、固定観念を打ち破る様々なデザインを生み出した。教育に関するフラーの発言をまとめたのが本著だ。原題は"R.Buckminster Fuller on Education".

★固定観念を破るための教育を
 デザインだけでなく教育においても、いかに固定観念を打ち破るかをフラーは考えていた。
 「上と下」という概念は、平面の上に生きていて、重力が常に存在することが前提とした考え方だ。地球が球状になっていて宇宙空間は無重力が通常であることが分かった今となっては、固まった考えでしかない。あるいはメルカトル図法の地図。日本から見ればヨーロッパは遠く感じるが、北極近くをとれば意外に近い。南にいくほど暑く、北にいくほど寒いと言われる。しかし最高気温はシベリアでもアフリカでもさほど変わらない。違うのは寒さであるが、欧州では北よりも東に行くほど寒くなる。スペインが欧州で最も暑い。ナポレオンやドイツ軍は東にむけてロシアを責めたが、そこまで寒くなるとの意識は弱かったようだ。人の目から見れば、山は高く海は深い。しかしそれは鉄球についた水滴程度の誤差であって、宇宙から見れば山も海も無いに等しい。こうした宇宙的視点にたった教育の在り方を、フラーは構想していた。

★編集後記
 時間軸も付け加えたい。人は100年に満たずに死ぬ。あるいは数年単位で、何かしらのキャリアや生き方の決定を迫られる。余りにも多くの人が、数年のスパンで物事を考えている。100年に一度の危機と言われれば、大層な事に思えてしまう。しかし、日本国家体制や企業や現在の家族観はこの100年ちょっとの中の歴史しかない。100年先には今と違う世界が待ち受けている。そこに適応できるような生き方・働き方を考えたい。


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2009年09月08日

1239旅 小林秀雄『考えるヒント』★★★★

「ヒットラーにとっては、世界観は大衆支配の有力な一手段であり、もっとはっきり言えば、高級化された一種の暴力なのである。暴力を世界観という形に高級化することを怠ると、暴力は防御力ばかりで、攻撃力を失う、と彼は明言している。もっとはっきり、彼は世界観を美辞と言わずに、大きな嘘と呼ぶ」p95
小林秀雄『考えるヒント』(文藝春秋, 1974)

★本の概要
 批評家・小林秀雄が文藝春秋に連載していたエッセイ「考えるヒント」、および朝日新聞で発表してきた「四季」の二集が掲載された一冊。プラトン、井伏鱒二、漫画、平家物語などを題材として、現代文明に対して鋭く批評を加えている。

★大衆の無意識をあやつる
 その中の一節「ヒットラーと悪魔」について。書き出しが「ニュールンベルク裁判」を観たところから始まる。良識をもった人物がなぜ残虐な行為を働くのか、私も最近この映画をみながら深く感じ入っていたから、大変共感した。
 ヒットラーは、社会は理性的でなく獣的だと捉えていたのだという。獣である大衆は、理論も議論も自由すらも好まない。支配されたがっている大衆の無意識を、ヒットラーはプロパガンダを通じてつかみ取っていく。言葉はそのための手段であったし、彼の世界観は暴力装置の高級なカモフラージュに過ぎなかった。知識人たちも心でなく頭で考えるゆえに、繰り返されるプロパガンダに容易く屈した。ヒットラーは大きなウソをつき続けることに徹底したのだ。

★編集後記
 さて日本。小泉自民党から鳩山民主党に大きく振れる中で、理性も議論もそこにはない。朧げにうごめく大衆の無意識が、新しい政権に力を与えている。われわれが注意すべきは表面の政策論争ではなく、そこに承認をあたえる深層意識なのだろう。


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2009年09月06日

1237旅 竹村真一『呼吸するネットワーク』★★★★

「ニューエイジ的な『地球意識』は、その過剰な全体志向と普遍主義的傾向ゆえに、そうした多様性/異質性の価値、ローカルなインターテクスチュアリティの重要性を捨象しがちだった。20世紀後半の地球思想は、その意味で、来るべき地球ビジョンと新たな生命/社会思想の一面にしか光をあててはいなかったのだ」p213
竹村真一『呼吸するネットワーク』(岩波書店, 1998)

★本の概要
 文化人類学者であり、インターネットエキスポ、愛・地球博などでマルチメディアコンテンツをプロデュースしてきた竹村真一氏による一冊。全体主義的なガイア思想、グローバルビレッジ思想に対する新しい視点を提唱している。

★個と全体の共在
 竹村氏自身のプロジェクトも含めて、インターネットを活用した社会デザイン事例が多く取り上げられている。
 例えば「呼吸する地球」。世界中の地震計のデータを入手し、CGアニメーションに加工して、最新の地球の動きを可視化した(このプログラムは「触れる地球」(http://www.tangible-earth.com/)として、モニターではなく三次元での表現に進化して今でも展示されている)。他には、ネット上の協働の仕組みであるアートコレクション、ヒトゲノム解析の例。食の移動をトレースするフェアトレードウェブサイト。預金が地球環境保全活動に使われるエコバンク。メルセデスベンツによる、アマゾンの森資源から自動車を製作する試み。あるいはGPSと連動し、人が旅行するだけで地図ができあがるシステム。
 以上は、「個」の動きの集積により、「全体」を浮かび上がらせる視点。ガイア思想やグローバルビレッジ思想は、地球全体を語って一見美しいけれども、個はその部品に還元されている。ある種の全体主義である。インターネットによる世界のネットワークは、個と全体を共在させる新しい思想なのだと竹村氏は語る。

★編集後記
 個人による内面探究と、社会を動かしていくリーダーシップ。一見別物に見えて、実は大きく繋がっていると感じています。9/26(土)にその点を世界連邦21世紀フォーラムでお話したいと思っています。タイトルは「叡智とリーダーシップ」。朝早い時間ですが興味ある方はぜひお越し下さい。http://www.wfmjapan.com/

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2009年09月02日

1234旅 池田晶子『魂とは』★★★★

「善とも悪とも無縁のために、『堕落した』というのとも違う奇態な魂が、この宇宙には時折出現する。それは、善なる魂、悪なる魂、渾然とうごめいているそこへ、忽然と現われて、そのさなかを横断し、衝突し、深い傷を与え、また忽然と姿を消す。善とも悪とも無縁のために、善と悪との深淵を、自身を求めて永劫の時間さまよわなければならないあの少年のような魂は、私にはとても哀れに見える」p76
池田晶子『魂とは』(トランスビュー, 2009)

★本の概要
 哲学者かつ文筆家であった池田晶子さんが著者。2007年に腎臓がんにより46歳の若さで逝去された後にまとめられたエッセイ集である。

★浮遊する魂
 本著の前半では、「魂とは何か」を深く考えていく先に、1997年に発生した神戸連続児童殺傷事件の少年Aについての考察がなされている。
 魂の前に<私>とは何か。池田晶子さんは、初めは「意識」に近いと考えていた。しかし「私は意識」「私の意識」と表現してみても、何か合わない。科学的には<私>は脳活動の一環と感がるが、それもしっくりこない。ある時<私>=魂なのだと考えると、腑に落ちたのだという。脳(肉体の一部)にせよ意識(精神)にせよ、生きている自分の一部分であるように感じる。しかし<私>とは何かを考えていくと、生きた自分を超えた何者かのように感じたのだろう。そうした魂=<私>が、生きた肉体と精神とつながりあい、独特な作品を生んだり活動を行っていく。
 さて少年Aについて。池田さんは、Aは別世界の「化け物」なのだと捉える。脳や心理の結果としてあのような事件は起こせない。身体・精神を超えた浮遊する魂が、少年Aにあのような行動を起こさせたのだと。

★編集後記
 高野山カフェという催しに出かけて阿字観を体験した。無になる座禅と異なって、意識的に行うやり方。強い印象が残ったけれども、個人的には禅が合っているかも。

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2009年09月01日

1233旅 鈴木大拙『一禅者の思索』★★★★

「精神精神と高唱して歩く人々の中には、時とするといかにも粗悍強暴な性格をもつ者があります。それからまた一方では、大きな財産を蓄えていて、物質的な事に心を向けているように見える人々の中に、かえって精神ということをよく体得した、すこぶる高尚な、すこぶる立派な人格を見受けることがしばしばあるのであります」p45
鈴木大拙『一禅者の思索』(講談社, 1987)

★本の概要
 禅を西洋世界に広めた鈴木大拙による講演録。初版は戦時中の1943年に出されているが、その内容は色あせない。

★禅は論理思考を越える
 本著の中心をなすのが、1936年にロンドンで行われた二つの講演である。その中の「無名と世界友好 "Ignorance and World Fellowship"」からまとめたい。大拙は話の中で、禅問答を紹介することで、禅のエッセンスを伝えようとしている。
 「暑さ寒さはいかにして逃れましょうか」と尋ねられて、洞山良价禅師は「なぜ、暑さもない処へ行かんのか」と答え、さらに「寒暑共にない処とはどこでしょうか」と訊かれると「暑いときゃ暑い、寒いときゃ寒い」と答えた。世界を「寒い」と「暑い」に二分してしまう意識の無明を指摘しつつ、しかし世界をあるがままに受け取ることをも後半で示唆しているという。
 同じ問いに対して、曹山本寂禅師は「暑さが避けたけりゃ、にえくり返る湯の真只中に飛び込むのだ。それから寒さが避けたけりゃ、北海の氷上に座り込むのだ」と応える。何か苦しみがあった時には、その苦しみそのものを苦しませることで、二元論も一元論もなくなり、ただただ空を経験できるという。
 「生死の輪廻から救って戴きたい」と尋ねられた妙心寺の開祖は、「わしの所には生死などというものはないぞ」と怒鳴ったという。これも、単なる否定論者ではなくて、無明/ロジカルシンキングからの脱却が図られている。

★編集後記
 若手社会人の向学心は高まっている。良い傾向だが、まだまだ論理/分析をベースにした内容が多い。禅のように、日本には論理を超えしかも剣術・芸術といった実践に役立てられる方法論があった。問答や体験を通じて、そうしたアプローチを会得できる場があればと思う。

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2009年08月31日

1232旅 E.キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』★★★★

「人間の穏やかな死は、流れ星を思わせる。広大な空に瞬く百万もの光の中のひとつが、一瞬明るく輝いたかと思うと無限の夜空に消えていく。臨死患者のセラピストになることを経験すると、人類という大きな海の中でも一人ひとりが唯一無二の存在であることがわかる」P448
E.キューブラー・ロス『死ぬ瞬間』(中央公論新社, 2001)

★本の概要
 精神科医であった著者が、死が近い方々200人にインタビューを行い、死に至る心の動きを整理した一冊。ターミナルケアに関心を持つ方々にとってのバイブル的古典である。原著は1969年出版。

★死にいたる五つの心理プロセス
 調査結果として、死に至るまでには五つの心理プロセスがあると指摘している。
 1.否認・孤立。死が近いことを宣告されると、何かの間違いであると否認から入る。心の中では孤立感を深める。2.怒り。自分以外の人間や神に対しても怒りを覚える。看護婦や家族に怒りの矛先を向けることもある。3.取引き。避けられない結果を先延ばししようとする。延命できないか、苦痛を回避できないか、あるいは息子の結婚式に出られないか、などを模索する。4.抑うつ。死が避けられないことを悟り、喪失感を強める。5.受容。有る種のあきらめと共に死を受け入れる。患者は感情をやや欠落させ、一人になることを望むが、同時にだまって側にいてくれる存在を望む。
 五つの流れをみると、現実から去ることへの強烈な抵抗・未練を感じさせる。そして次の世界に旅立つためにも、この時代でのガイド役を必要とするのだろう。

★編集後記
 台風の一日。寒い雨音を聴いていると、その中に自分が溶け込んでいくかのよう。


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2009年08月29日

1230旅 蛭川立『性・死・快楽の起源』★★★★

「いずれは、ミームのほうが自分の都合のいい身体を合成しながら、そのような身体の間を渡り歩くようになるのかもしれない。それにつれて、『私』も生物学的な身体の制約を離れ、唯一無二で一貫した線分的時間軸上に乗っかった『私』というような、近代的な意思状態の束縛からも解放されて、さまざまなハードウェアのうえを、そのつど意識の状態を変容させながら、渡り歩くような存在になるのかもしれない」p231
蛭川立『性・死・快楽の起源』(福村出版, 1999)

★本の概要
 性・愛・死・快楽を主なトピックとし、人類学・神経科学・心理学などの観点から「私」とは何かを描いた一冊。生と死のはざまの中で、自分と人類がどこから来てどこに向かうのかを考えさせられる。

★死とは何か
 各文明文化における死生観について言及される。死によって次の世界/現実へと旅立ち、肉体から魂的な何かが抜けるプロセスがあると、様々な文化で語られているという。
 死とは肉体を替えることであり、魂は生き続けるとするのがインド。死者の魂はカヌーでトゥマという別世界の島に向かうとするのがメラネシア・トロブリアンド諸島。トンネルで違う世界に向かい同様に暮らすとするのがアイヌ。いずれも、死によって魂は滅びずに別世界へ移動している。
 死への過程について。「身体から抜け出し」「トンネルを抜け」「先祖らに出会う」などを臨死状態で体験するという。次の世界(トンネルの先)に至っていないが、肉体からは離脱した状況が存在する。瞑想によってこの状態に近づけたり、メキシコでシロシピンを含むキノコを摂ることで他界に旅立てるなど、生きたままでも脱魂は可能。夢の状況にも近いようで、逆に瀕死の親族の姿が夢に現れることも多く報告されているという。

★編集後記
 死は怖いものではなく、次の世界に旅立つきっかけ。だからこそ生きている世で執着は持たないようでありたいと思うが、この世の人生の経験はつながっていくのだから丁寧に生きたいとも思う。人生観・世界観の一つとして、死生観を育んでおきたい。

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2009年08月27日

1228旅 島田裕巳『日本の10大新宗教』★★★★

「オウム真理教の問題が起こったことで、新宗教は危険だというイメージが広まり、社会は新宗教の教団を警戒するようになった。宗教法人法のあり方についても議論が起こり、法律は一部改正された。学問の世界でも、一時盛んだった新宗教研究は衰退し、むしろ教団の形をとらない精神世界の運動、スピリチュアリズムの研究に移行している」p210
島田裕巳『日本の10大新宗教』(幻冬舎, 2007)

★本の概要
 幕末以降に結成された主要な10宗教団体の、設立から今までの経緯と、教団としての特徴についてまとめられた一冊。著者は宗教学者。

★10新宗教の分類
 10の新宗教もいくつかに分類されることが分かる。
 1.天理教、大本、天照皇大神宮教。いずれも神道の流れを組んでいて、霊能者である女性が教祖であったことが特徴。2.立正佼成会、創価学会。いずれも仏教・日蓮宗の流れを組む。創価学会の方が闘争性が強い。3.成長の家、霊友会。いずれも思想性の高い教祖が教団を発展。インテリ層からの支持がある。成長の家は大本からわかれた神道系であり、霊友会は日蓮系。4.世界救世教、PL(パーフェクトリバティ)教団。いずれも仏教系であり、病気治しによって支持を拡大。芸術を重んじていることも共通した特徴。世界救世教は観音信仰からうまれ、PL教団は神道系。5.真如苑、GLA。いずれも宗教のもつ組織性が薄れ、個々人の信仰を中心とした、新霊性運動に近い内容であるという。

★編集後記
 オウム以降、宗教の話題がいよいよタブーになって15年程経過したが、人間の生き方を考える上で宗教が果たしてきた役割は大きい。宗教の関わりについて考え直すタイミングにきているのではないか。


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2009年08月26日

1227旅 住友 晃宏、松下信武『エグゼクティブ・コーチング』★★★★

「日本の会社では、社長の経営戦略や経営ポリシーについて本気で批判することは少ない。副社長も、専務も、常務も、役員会で社長に異を唱えることはなく、みな右にならえである。しかし、彼らコーチたちは、私の下す判断について、『結論が早くはないですか。もう一度よく考えてから決めてもいいのではないですか』『こういう判断材料もありますが、分析してみませんか』などと率直に意見を言う。経営者の視野を広げ、決断の厚みを増すようにさせるのである」p14
住友 晃宏、松下信武『エグゼクティブ・コーチング』(プレジデント社, 2005)

★本の概要
 経営者・経営幹部の目標達成と行動を支援するエグゼクティブ・コーチング。発祥したアメリカでは、ジャック・ウェルチのように引退した経営者がなることが多いという。その方法論・姿勢を、豊富なケースとともに紹介した一冊。コーチだけでなく経営者が読んでもセルフコーチできて参考になる。

★コーチによる経営者への問い
 コーチが経営者に投げかける質問とは何か。事業と組織と自分自身に大別される。
 1.事業。部門単位の予算と業績推移が頭にあるか。競合他社のベストプラクティスを追跡できているか。新製品開発・社内改革は継続的に実施しているか。新技術を経営に活用しているか。新規プロジェクトは育っているか。なぜ目標は達成されていないのか。事業にまつわる視野の大きな問いかけを行うことで、検討すべき課題に抜け漏れがないかを知ることができる。
 2.組織。決定事項がなぜ社内で正しく伝わらないか。なぜ人材が育たないのか。部下のモチベーションの状況。部下を有意義に使いこなしているか。部下のキャリアプランの相談にのっているか。部下とはいかに信頼構築をしているか。後継者は育っているか。経営者になった時に、後継者の育成を開始する必要がある。
 3.自分自身。経営者が相談できる相手は社内にはいない事が多い。健康管理、経営者自身の教育、仕事と家庭とのバランスについても問いを投げる。

★編集後記
 コンサルタントは経営者から問いかけをされるが、コーチは経営者に問いを投げる。但し、答えの仮説はいずれにせよ持つ必要があるから、二つの職種には同等の能力が求められる。比較的、コンサルタントは時間を投下して短期集中であるのに対し、コーチはゆっくり長く続けるイメージだろうか。

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2009年08月24日

1225旅 デカルト『方法序説』★★★★

「次のことに気がついた。すなわち、このようにすべてを偽と考えようとする間も、そう考えているこのわたしは必然的に何者かでなければならない、と。そして『我思う、ゆえに我あり』というこの真理は、懐疑論者たちのどんな途方もない想定といえども揺るがしえないほど堅固で確実なのを認め、この真理を、求めていた哲学の第一原理として、ためらうことなく受け入れられる、と判断した」p46
デカルト『方法序説』(岩波書店, 1997)

★本の概要
 「我思う、ゆえに我あり」が含まれたデカルトの主著。デカルトの半生記と共に、彼の哲学のサマリーが分かりやすく掲載されている。1637年に出版された。

★理性と非理性のデカルト
 権威ではなく自らの理性を尊重したのがデカルト哲学だが、同時に理性を超えた領域についても言及がなされていた。
 まず理性を重視したのは、「一人の人間の推論は、大勢によって造られた学問に優る」との考えに至ったからだ。その前提で、思考時の四つの規則を考えた。1.自分自身が明証的に認めない限りは、真として受け入れない。2.問題を解くには、必要なだけの小部分に分割する。3.単純から複雑に向けて、順番に従って思考する。4.全体的に見直して見落としを防ぐ。経営コンサルタントの思考法そのままだ。
 ただし同時に、理性が決定できない際の行動基準についてもデカルトは触れている。1.自分の国の法律と慣習に従う。2.一度決めた以上は、疑わしい意見であっても一貫して従う。3.世界の秩序よりも、自分の欲望を変えるように努める。
 近代社会では論理・分析が重要なツールとなったが、その始祖は環境に対して開く姿勢も持ち合わせていた。

★編集後記
 勢いでiPhone購入。予想を超えて動作もかるくて満足。


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2009年08月22日

1223旅 蛭川立『彼岸の時間』★★★★

「意識の状態を変容させるという能力自体は、すでに数万年の過去から人間の脳に生得的に備わっていたのかもしれないが、それが近代的自我というものと組み合わさることによって、むしろ新たな可能性が現れてきているとみることはできないだろうか」p286
蛭川立『彼岸の時間』(春秋社, 2009)

★本の概要
 世界各地の儀礼、臨死体験、瞑想、サイケデリックスをフィールドワークし、ポスト近代社会における叡智の役割について洞察された一冊。世界の拡がりと可能性を感じさせてくれる素晴らしい内容だ。著者はシャーマニズム、意識研究、人類学の専門家。公式ウェブサイトには関連写真やリンクも豊富に載せられている。http://home.att.ne.jp/wind/anthropology/

★世界観はいかに変遷するか
 前近代、近代、ポスト近代における世界観の違いが豊富な現場事例とともに語られている。
 前近代では、反理性エネルギーは祝祭において解放される。インドネシア・パリ島では暦に従い周期的に農耕儀礼が行われる。この瞬間「聖なる」祝祭的状況が出現し、共同体の秩序はリセットされる。インドでも、性・死といった穢れは、隠さずに儀式によって聖なる存在に昇華させる。タイでは、一時的に僧侶になることで男は一人前になる。一方、近代では、反理性エネルギーは統制される。性、宗教、薬物、賭博などは法律で禁じられる。大麻やLSDが非合法である一方、煙草やアルコールといったより習慣性があり健康を害する薬物は合法であり、税の対象になっているのが「統制」の意味だ。あるいはシャーマニックな体験者は精神病として扱われてしまう。
 前近代は円環的時間、近代は直線的時間が流れ、つづくポスト近代を時間は明滅すると筆者は表現する。近代から直線/上昇的にポスト近代に移行するわけではない。井筒俊彦先生が説明したように、日常意識は変性意識を経由するけれど、再び現実に戻る。ただしその現実では、生成と消滅が繰り返される「ういういしい日常」だという。

★編集後記
 日本ほど、宗教や家族といった共同体の束縛が取れてきた社会も珍しいように思う。世界一級の経済大国になったにも関わらず、いまだ自信がない様子もほほえましい。精神的リーダーは日本から登場するのだろうか。



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2009年08月20日

1221旅 藤田正勝ほか『清沢満之―その人と思想』★★★★

「清沢自身の立脚点は他力の信仰であった。しかし彼は視点をそこに固定して仏教を見ていたのではない。同じく『宗教哲学骸骨』のなかで彼は、自力の立場と他力の立場のどちらか一方が正しく、他方が誤っているのではなく、両者相まってこそ真正の信心であり、真正の修行であると述べている」p2
藤田正勝『清沢満之―その人と思想』(法蔵館, 2002)

★本の概要
 1863年にうまれ、1903年40歳で亡くなった真宗大谷派僧侶で哲学者だったのが清沢満之。欧米哲学を学び、仏教を哲学的に解釈した「宗教哲学骸骨」が主著。これは日本初の宗教哲学書とも目されている。内村鑑三や西田幾多郎並の思想家とも評される清沢満之の人生と思想が綴られたのが本著である。千夜千冊でも紹介されているる。http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1025.html

★清沢の宗教哲学とは
 清沢の思想には時代的背景がある。明治の近代化である。福沢諭吉が『文明論之概略』で綴ったように、日本は欧米思想・文化を急速に取り込む必要があった。キリスト教や英語へ偏った人々の中で、清沢は仏教の哲学化を試みた。
 その哲学思想は「精神主義」との言葉で表わされる。本著の中で今村仁司氏は、「全責任主義」と「無責任主義」の両立が清沢の特徴だとする。全ての物事が相互に関わる中で、一個人であっても全ての存在に責任があるとするのが「全責任主義」。一方、人間は有限であるゆえに責任は負いきれないとするのが「無責任主義」。一見矛盾する二つの視点を追究することで、苦悩が生まれる。そうした先に、自力の限界を理解できて、個人を超える無限の存在に気づくことになる。そして、無責任の境地に達してはじめて、逆説的にすべてに対して自在に全責任を実行することができるという。

★編集後記
 自力と他力の両立。リーダーシップ理論的に言えば、ダンスフロアとバルコニーだろうか。どちらかではなく、両方を追究することで悩み苦しむ。苦悩の果てに、精神的な広がりが得られていく。私も今でも苦しい。しかし同時に苦しいことで歩みを実感できる。


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