2009年08月19日

1220旅 多田富雄『生命の意味論』★★★★

「なぜ超システムなどというこなれない造語を使ったかと言えば、現在の私には生命の『技法』が、基本的には工学的器械のそれを超えているという基本的認識があるからである。(略)システムを超えるとはどういうことなのか、そこに内在するルールを考え、超えるための『技法』を解析の対象にすることはできないのかというのが私の意図であった」p237
多田富雄『生命の意味論』(新潮社, 1997)

★本の概要
 著名な免疫学者が著者。生命の本質が「超システム」であるとして、病気や性や死、また文化現象までを「超システム」によって説明を試みた一冊。

★超システムによる世界
 一般のシステムと超システムの違いから説明しよう。
 システムは辞書的定義によれば、要素の有機的集合体のこと。超システムは、そもそも要素をみずから創りだし、システムそのものも創造できる。生命の場合、一つの幹細胞から環境・偶然に応じて免疫を担うT細胞や、白血球、血小板へと展開される。その後に細胞がつながりあって臓器が作られていく。その過程でのキーワードは自己生成、自己組織化、開放性、自己決定である。システムは何らかの目的のための手段であるが、超システムはその存在自体が目的となる。
 著者によれば、超システムは人間社会にも多くみられるという。たとえば都市。最小単位である住居が、数多く複製される。その後、都市機能で必要な道路や水路が生まれ、職業・身分などによる住み分けが進む。企業。一人の起業家の行動が、社員の増加をつうじて複製されていく。また市場・競合といった環境に応じた適応能力が試される。目標は持っているが、その存在・存続そのものが目的になっている。大学。王・貴族の私塾は幾つもの学問分野に発展し、ユニバーシティという「自己」となった。なお日本の大学は、国家発展を目的としたシステムで創られたため、環境適応できていない。宗教でも、最初は教祖の複製として何人もの弟子たちが生まれる。ただ、外部との情報の行き来を失うと、暴走・死に向かう傾向がある。

★編集後記
 単なるシステムに甘んじた組織は、死を迎えるか、もういちど自己を取り戻すか、ということになる。日本は海外との情報交換を一気に行いながら適応し、乗り越えてきた。さて日本は未来に適応しようとしているのか。あるいは死を迎えるのか。

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2009年08月18日

1219旅 宮川隆泰『岩崎小彌太―三菱を育てた経営理念』★★★★

「資本家は利潤追求を第一の目標にするが、彼は、経営者は利潤追求を超えた目標をもつべきである、それは国家への奉仕と、国利民福の実現と、一人一人の社員の人間としての完成であると長年にわたって社内で強調した」P4
宮川隆泰『岩崎小彌太―三菱を育てた経営理念』(中央公論新社, 1996)

★本の概要
 三菱グループの始祖である岩崎彌太郎の甥が、岩崎小彌太。彼が三菱グループを率いたのは1916年から1945年。関東大震災、昭和恐慌、そして太平洋戦争をへてGHQによる財閥解体により社長をおりた。その軌跡と、小彌太の経営理念を描いた一冊である。著者は三菱総合研究所の顧問。

★行動と理念
 大正から昭和初期にかけて、日本の産業発展をリードするとともに、オーナー企業からパブリック企業へと変化させた。貿易業と鉱業が中心であったが、重化学工業へと進出。三菱重工業と日本化成工業(前・日本タール工業)を創業する。「重工業」「化成」の言葉はいずれも小彌太による造語だ。また、三菱製鉄、三菱鉱業、三菱商事、三菱銀行と事業部門を独立。その後に外部資金を少しずつ入れてオーナー色を薄める。1920年には三菱鉱業を株式公開するが、大正期に公開をはたした唯一の企業であった。
 小彌太の経営理念は「三綱領」としてまとめられ、今でも三菱グループに伝えられている(参考; http://www.mitsubishi.com/j/history/principle.html)。1.所期奉公。利益ではなく国や社会に貢献すること。今で言うCSRである。2.処事光明。取引はフェアであろうとし、投機的な利益に小彌太は反対し続けた。3.立業貿易。国際的ビジネスを行う事業領域を示している。


★編集後記
 小彌太はケンブリッジに留学経験があり、欧米に友人も多かった。太平洋戦争が始まる際には、彼らへの「これまでの友誼を忘れるな」と語ったという。戦前の経営者にも関わらず、現代にも通じる経営思想と行動。今の経営者は、数十年先を見据えなければならない。


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2009年08月17日

1218旅 岩田徹ほか『スッキリと「考える」技術』★★★★

「スッキリ仕事を進めることができるビジネスパーソンに共通する特徴を一つだけあげます。それは、周囲とのコミュニケーションの頻度が多いことです。彼らはダラダラと長く話したりしません。そのかわりに『話す』あるいは『接触する』回数をできるだけ多くとります。また、一回当たりの時間は、それほど長くありません」p187
岩田徹ほか『スッキリと「考える」技術』(ファーストプレス, 2009)

★本の概要
 自分の独力で考え、人に伝達し、成果をあげるための方法論を説明した一冊。若手ビジネスマンが必要とする技術が網羅的、しかし簡潔に整理されている。掲載された内容を繰り返し身につければ、自然と成長できるだろう。著者はA.T.カーニー出身者。岩田さんは私の高校の同級生だ。

★スッキリと考える技術
 第二章「スッキリ段取り力」。仕事を進める前に、上司や顧客にしつこく確認。自分でも五分とってじっくり考える。「目的」「背景・前提」「作業内容・スケジュール」の三点にわけてメモをとる。相手が理解できて、内容をみながら議論できるかが、メモのポイント。
 第三章「スッキリコミュニケーション」。数をふやす。発言そのものは短くするけれど、代わりに発言数を多くする。難しい仕事も断らずに、できる方法を考える。質を増やす。仕事の期待に応えた上で、何か一つアウトプットを加える。発言する上では、前提の話をした上で、意外な結論や提案を話す。
 第四章「スッキリ実行力」。成功したらもう一回繰り返し、失敗したら一つに絞って改善を行う。「最高」「最悪」二つの状況を想定して、その範囲に仕事はおちつくのだと考える。

★編集後記
 30代を超えると専門性が要求される。スッキリ「考えて」「実行できる」ための技術は、20代のうちに身につけたいものだ。

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2009年08月14日

1215旅 中沢新一『純粋な自然の贈与』★★★★

「無駄遣いの嫌いなピューリタニズム(その経済学的な別名はキャピタリズムである)は、大地を循環する『贈与の霊』の動きをとめることによって、自分の富を増殖させようとしていたのである。インディアンにとって、それはまことに不吉の前兆だった。大地と人のあいだを動き、循環していたなにものかが、とどこおり、動きをとめていく。そのかわり、そこには個人的な蓄積が、将来の増殖を生むという、別種のデーモニックな力が、徘徊していくことになる」p15
中沢新一『純粋な自然の贈与』(せりか書房, 1996)

★本の概要
 「贈与」「霊」をテーマとした論文がまとめられた一冊。経済活動の奥にひそむ本質が理解できる。

★数と霊の協奏のはてに
 経済は「数(貨幣)」と「霊」の増殖に二分できる。
 前近代では「霊」の増殖が主流であった。インディアン達は互いに物を贈与しあっていたが、その本質は「霊」の交換であった。実際、贈り合ったはずの銅製の貴重な器を、贈与のはてに壊してしまう(ポトラッチ)。贈り合うことが本質であって、彼らからすれば物を貯めこむ近代人の行動は不可思議であった。
 近代になるに従い、「霊」とともに「数」の交換が開始される。その象徴がクリスマスである。冬には、死者の霊を迎え入れる祭りがおこなわれる。霊を表彰するものとして、生と死の境界に近い「子供」「若者」が祭りの立役者となった。彼らは仮面をかぶり、楽器を手にして闇夜を練り歩く。その事が生の世界から死の世界への贈与を意味していた。近代になると、子供達は家に閉じ込められ、かろうじて彼らにプレゼントをする習慣のみが残される。現代でクリスマスは霊の交換よりも、数の交換=商業の発展への意味合いを強めた。
 そして人間活動で霊的な意味合いは削がれ、数的=貨幣交換が表面化し続ける。ただし、霊は無から有をうむ作用があるのに対し、数は有から有を増やし続けるのみ。新しい市場、新しい技術は発見され続ける現代では、その奥底に霊はいまだに息づいている。

★編集後記
 川口駅までいって、荒川沿いを10kmゆっくり走る。高層マンションが立ち並び、近隣の商店街もなかなか活発だった。


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2009年08月13日

1214旅 マイケル・ウォシュバーン『自我と「力動的基盤』★★★★

「『外側を内にして』人生を生き、社会的役割・規定・カテゴリーを内面化している精神自我段階の人びとと違い、統合された人びとは『内側を外にして』人生を生き、彼らの最も深層の内的本性の鼓舞に自発的に従っている。統合された人びとは実存主義者の文献中で大いに讃美される真の個人である」p388
マイケル・ウォシュバーン『自我と「力動的基盤』(雲母書房, 1997)

★本の概要
 著者はインディアナ大学哲学科教授であり、ケン・ウィルバーと双璧をなすトランスパーソナル心理学の論客。ウィルバーの「構造ー階層的パラダイム」に対して、「力動ー弁証法的パラダイム」と自称している。

★力動的基盤によるトランスパーソナル
 ウォシュバーンのトランスパーソナル理論は七段階に分かれる。
 1.根源的埋没。誕生時の状態であり「力動的基盤」から分化していない。2.前自我・身体自我段階。自我が徐々にグレートマザーから身体的に分化しつつある段階。3.原抑圧。自我はいよいよ独立。同時に、非自我極は抑圧されて深層無意識となる。4.自我・精神自我段階。自我は、デカルト的自己として精神的に発達。
 5.超越に奉仕する退行。ここで自我は方向を変える。原抑圧が崩壊されて自我は「力動的基盤」に取り込まれる。自我と非自我的ポテンシャルが両立する。6.霊における再生。自我は「力動的基盤」に服従。ただし圧倒されずに、自我は霊として再生される。7.統合。自我と非自我は結合。心身、思考と感情、論理と創造性、自我と「基盤」が両立される。
 まずは自立し、自分を追究する。その後、内なる声に耳を傾け、自分ではない何者かと一体化する。真のリーダーシップはその後に開始される。

★編集後記
 世の中はお盆。電車の中に人は少ない。



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2009年08月12日

1213旅 リンスキー、ハイフェッツ『最前線のリーダーシップ』★★★★

「リーダーシップを発揮するということは、危険な生き方をするということである。なぜなら、リーダーシップが重要になるとき、あなたは人々に大きな変化をもたらそうとしなければならず、人々が大切に思っているもの―毎日の習慣、手段、帰属心、考え方―に挑戦しなければならず、それと引き換えに提供できるものは『将来の可能性』以外に何もないからだ」p15
リンスキー、ハイフェッツ『最前線のリーダーシップ』(ファーストプレス, 2007)

★本の概要
 リーダーシップのリスクを説明しつつ、危機を乗り越えるための本質を伝えてくれる一冊。これまでのリーダーシップ本と異なり、現場感がある。著者の二人はハーバード大学ケネディ行政大学院で教鞭をとる。訳者は彼らの学生であった日本人。金平直人さんも第一章を担当している。

★リーダーシップを発揮するには
 リーダーシップを発揮する五つの方法について。
 1.全体像をつかむ。「ダンスフロアから一歩出てバルコニー席に上がる」との表現をとる。現場にいながらも、どこか頭の片隅は外から俯瞰的に眺めて、立ち位置を理解したり、交わされる言葉の奥の意味を知ろうとする。
 2.政治的に考える。人間関係を重視する。自分にとってのパートナーを得て、同時に反対派をけして遠ざけないことが一点。その上で中立派への対応が鍵を握る。起きつつある問題の原因の一つが自分であると認識。喪失を共有。自ら過酷な現場で見本となる。
 3.衝突を指揮する。熱気の上げ下げ、適切なペースメイク、将来像を見せるといった方法で、関係者の反発を防いで改革に導く。
 4.当事者に作業を投げ返す。作業をすべて引き受けない。一歩引いて、「観察」「問いかけ」「見解」「行動」などと対応を分ける。
 5.攻撃を受けても踏みとどまる。必ず強い非難は受けるもの。受け止めつつ、問題を熟成させ、やがて問題に意識を集中するように運ぶ。

★編集後記
 少し曇っていたことを見越してお台場まで出向き、午前中にジョギング。等身大のガンダム像があるとかで、親子連れがきわめて多かった。

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2009年08月11日

1212旅 中沢新一『愛と経済のロゴス』★★★★

「経済現象のもつ合理性は、表面にあらわれた偽りの顔にすぎません。合理性をそなえたいちばん表面に近い層を、いわば表の顔として、経済は暗い生命の動きにまで奥ふかく根を下ろした、一つの『全体性』をそなえた現象なのです。そして、その全体性のうちの深層の部分で、私たちが『愛』と呼んでいるものと融合しあっています。なぜなら愛もまた、欲望の動きをとおして、私たちの世界にあらわれてくるものだからです」p13
中沢新一『愛と経済のロゴス』(講談社, 2003)

★本の概要
 中沢新一氏によるカイエ・ソバージュシリーズの三冊目。大学における「比較宗教論」の講義が元になっている。マルセル・モース『贈与論』で贈与と交換の区別がつきにくくなっていた点に着目し、「贈与」「交換」「純粋贈与」の三つに区分して人間の経済を読み解いた。

★交換と贈与と純粋贈与
 三つの経済活動を説明する。
 1.交換。近代的な経済活動と同じである。商品=モノを取引する。一方が商品を渡すと同時に、貨幣か別の商品を交換することが前提となる。
 2.贈与。交換が前提とならない。プレゼントする際に値札を外すように、できる限り交換価値を取り除く。交換の場合はモノと人格は分離されるが、贈与では分離されきらない。バレンタインのチョコを店で買う時に、店員とはその場限りの関係であるが、気になる男性に渡した時にはチョコと人格が重なる。一方が贈与した場合、少し時間をおいて、少し価値が高い物を渡す(増殖)のが通例である。
 3.純粋贈与。神が人間に自然を提供しているように、一方通行の贈与。贈与する側は目に見えない。贈与のやりとりそのものを記憶に留めないことが望まれる。交換・贈与による循環システムを壊す働きをもつ。
 そして、農業活動や愛の交換こそが、純粋贈与であったと読み説く。但し、贈与のみならず、純粋贈与すらも貨幣価値に置き換えるのが近代である。その問題点と、将来の展望を中沢氏は本著で訴えた。

★編集後記
 この数日は思えば転機だった。土曜日は、20代後半一番のお世話になっていた赤堀さんが海外にいかれる壮行会。月曜日は今お世話になっている木戸さんと共に、はたまたお世話になっている松本大さんと会食。そして台風と地震。何かすっきりした気分でいる。


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2009年08月10日

1211旅 前川正雄・清水博『競争から共創へ』★★★★

「経営者が、みずからの企業を生きものとして捉え、『場の共創』を正しく認識するなら、消費者を無視した商戦も、市場を無視した投機も避けることができるはずである。社員という個人、消費者という個人、どちらの個人の働きをも大切にして、生産者と消費者とが、共通の目標を共創していくことができるような企業活動が、21世紀にむかって設計されていかなければならない」p12
前川正雄・清水博『競争から共創へ』(岩波書店, 1998)

★本の概要
 前川製作所は産業用圧縮器メーカー大手。「独立法人(独法)」という社内組織を国内外に100社抱えていて(98年時点)、それぞれが売上1億円、10名程度の組織として自律的に経営されている。この仕組みを作った前川正雄氏が、「生命」「場」研究の一人者である清水博氏と対談した一冊。21世紀型の組織・経営観を理解できる。

★場所主義型経済へ
 「資本主義型経済」から「場所主義型経済」に変わるのではないか、と二人は提言する。
 従来の企業でいえば、資本と組織の論理が第一であり、実証的な経営計画にもとづいて企業は動かされていた。前川製作所の「独法」は180度異なる。独法への資金は、本社からのみ供給され、その枠内で経営されることが求められた。独法内で顧客・技術が専有されることはなく、独法間で共有される。本社役員での意思決定は少なくて、20-30代ふくむベストメンバーで各々の意思決定がなされる。
 清水氏は、こうしたあり方が近代社会の次を示唆すると考える。分析的に組み立てられて、固定化された"名詞"が飛び交い、閉じているのが従来組織だった。行動を一義とするから流動的な"動詞"が生成され、開かれているのが一方の独法である。トップダウンでもボトムアップでもなく、情報が行きかう「場」の重視が、これからの経済社会を象徴すると考えられた。

★編集後記
 この夏一番の大雨。台風が近づいてる。この先は嵐か晴れ間か。

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2009年08月05日

1206旅 中沢新一『聖霊の王』★★★★

「秩序の神、体系の神の背後に潜んでいて、自分自身を激しく振動させ、励起させることによって、世界を力動的なものにつくりかえていこうとする神=精霊の存在を、中世日本の人々は「後戸の神」と呼んだ。(略)芸能と技術の領域ではその活動めざましいこの「後戸」の空間に潜む精霊を、哲学的思考の中によみがえらせることによって、私たちの今日抱える深刻な精神的危機に、ひとつの突破口が開かれるかもしれない」p9

★本の概要
 縄文時代の聖霊「シャグジ」は、芸能・芸術の神「宿神(シュクジン)」として日本人の深層意識を生き続けてきたとの仮説を問う、中沢新一による一冊。

★日本人の深層にいる翁
 世阿弥の後継者と目される金春禅竹が書いた『明宿集』という理論書がある。その現代語訳も巻末に載せてあるのだが、その内容が大変興味深い。主題は「翁」である。神道と仏教に共通する大いなる存在として、金春禅竹は翁を位置づけている。
 天の岩戸にひきこもった天照大神をひきずりだしたのは神楽であった。この神楽から"しめすへん"をとると申楽となる。申=猿。神楽とイコールであった猿楽を創始したのは聖徳太子であったと金春禅竹は書いている。太子は秦河勝に猿楽をはじめて踊らせたのだが、彼が演じたのが「翁」であった。猿楽はやがて能や狂言に発展する。大和猿楽は四つにわけて、春日大社の四社にあてて「翁」を舞うのだが、春日明神と「翁」は一体との秘伝があるという。春日の字を崩すと「二+大+日」になる。これは春日(=翁)が神と仏の世界をあわせた両部曼荼羅であることを示しているそうだ。このことから、真言・大日如来も翁は一体化するという。
 他の仏教各派の祖師も、すべて「翁」と一体であることを「明宿集」で説かれている。禅を創始した達磨大師、律をおこした興正菩薩。阿弥陀、観音も「翁」と一体であるという。

★編集後記
 神道・仏教、もしかするとそれらも越えた縄文の神々に「翁」は現われていた。現代ではどこに出現しているのだろう。テレビの中か。市場の奥か。

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2009年08月01日

1202旅 ジョン・ネイスン『ソニー・ドリーム・キッズの伝説』★★★★

「情報技術(IT)とネットワーク技術の研究開発において同時に『ビックバン』を起こすことによって、こうした領域が『新ソニー』の成長戦略の基礎となるのである。この価値連関表によって代表される『複雑系』を操縦するには、新しい会社構築が必要になる」p413
ジョン・ネイスン『ソニー・ドリーム・キッズの伝説』(文藝春秋, 2000)

★本の概要
 ソニーの日米の関係者100人以上へインタビューを行い、生々しい感情も含めた内実を描いた一冊。著者はライシャワーに日本史を学び、三島由紀夫の評伝を書き、大江健三郎らの英訳をしてきたジョン・ネイスン氏。

★出井社長によるソニー変革
 井深、盛田、大賀、出井の順番でソニーの経営が語られていくが、出井社長の段階で質的な変化が起きることが分かる。
 一言で言えば「プライベート」から「パブリック」への変化と言えるだろうか。井深・盛田はオーナー経営者であるし、大賀も盛田に大学生の頃から見込まれてきた人物である。出井において、初めてのサラリーマン社長が登場したと言える。出井はドライに社内改革を進める。70年代から米国ソニーを支えてきた人物達も感傷をすてて切り離したし、30人いた役員も執行役員へと切り替えた。
 事業モデルを物づくりからサービスに移行させようとしたのが背景にある。井深を「トランジスタ・キッズ」、盛田を「ウォークマン・キッズ」、大賀を「CDキッズ」と評し、出井は自分たちが「デジタル・ドリーム・キッズ」になろうと意識した。大賀までは技術が根本にあったが、出井は国際経済学者の息子であり、自身も欧州事業や広告マーケティング分野で成果を出してきた。家電企業からIT企業への転進を目指したのである。そのためにPCやネットワーク事業への参入を進めた。

★編集後記
 出井とも接点があったルーガースナーはIBMをサービス業に変化させた。出井は実現させたとは言いがたいだろう。大賀は出井のために、社長就任初期に利益がでるようにしたという。もしも大賀時代にソニーの収益が悪化していて、社内に危機感が増していれば、出井の改革は違った結果になったかもしれない。


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2009年07月28日

1196旅 会田雄次『アーロン収容所』★★★★

「私たちの将校は『日本が戦争をおこしたのは申し訳ないことであった。これからは仲良くしたい』という意味のことを言った。どのように通じたのだろうか。英軍中尉は非常にきっとした態度をとって答えた。『君は奴隷か。奴隷だったのか。(略)君たちも自分の国を正しいと思って戦ったのだろう。負けたらすぐ悪かったと本当に思うほどその信念はたよりなかったのか。それともただ主人の命令だったから悪いと知りつつ戦ったのか。負けたらすぐ勝者のご機嫌をとるのか。そういう人は奴隷であってサムライではない』」p76
会田雄次『アーロン収容所』(中央公論新社, 1973)

★本の概要
 著者はイタリア・ルネサンス史を専門とする研究者。戦時中はビルマ戦線に送られ、戦後二年間は英軍捕虜としてラングーンで抑留されたとのこと。ヨーロッパの合理主義やヒューマニズムは戦後に日本で賞賛されがちであったが、その限界もあることを会田は英軍捕虜経験を通じ身体で理解していた。

★イギリスへの見方、日本への見方
 英国人は日本人のイメージと異なる側面があることが前半で語られていく。ヒューマニズムの感覚がない英国軍人も多く、ビルマ人売春婦を始終はべらし、日本人捕虜を足やあごで指図し、士官であろうが女兵舎・便所掃除等に酷使した。しばしば日本軍がそうしたように直接の暴力は行わなかったものの、間接的に日本人捕虜を死にも至らしめた。その背景には、アジア諸国に対する根深い差別意識があった。
 他のアジア諸国のスタンスも面白い。インド・ビルマは親英米と親日に分れて戦線に参加していたが、アジアを半ば奴隷として扱う英米に反発が強く、アジアの一員として立ち向かっていた日本に見方意識もあったようだ。しかし、日本人捕虜たちが敗戦後にとたんに信念を覆す様をみて、大いに失望したという。本国、現地司令官、捕虜たちの様子を見ていると、器用ではあるものの権力に迎合する性質をもっているのだと会田氏も強く感じ入ったようだ。

★編集後記
 日本が太平洋戦争を起こしたのも、戦後民主主義に乗り換えたのも、権力への迎合だったのだろうか。従うべき権力が空白になった今、日本は自ら歩みを進めるのだろうか。

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2009年07月27日

1194旅 福沢諭吉『学問のすすめ』★★★★

「日本国人も今より学問に志し、気力をたしかにして先ず一身の独立をはかり、随って一国の富強を致すことあれば、何ぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこの事なり」p28
福沢諭吉『学問のすすめ』(岩波書店, 1942)

★本の概要
 言わずと知れた福沢諭吉が明治五年から九年、39歳から43歳になるまで著した17編のエッセイが本著である。初編は20万部を超えるベストセラー。「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」で始まることで有名。

★福沢諭吉がすすめたのは何か
 明治時代のスタートにふさわしい、近代精神を伝える内容であった。
 「学問のすすめ」と言うが、江戸時代までに尊重されていた儒学はやんわり否定し、読み書き算盤といった実学を説く。忠臣蔵に代表される人情論を廃して、法と権利を尊ぶ。政府にただ従うのでも、力で反抗するのでもなく、言論によって反対意見を述べる姿勢を示す。神仏などを「信仰」するよりも、物事に常に「懐疑」することが真理を生みだすことを説いた。
 国家間の争いが激しい当時。欧米列強からの独立を示し、そのためにも市民が国におもねるのではなく独立心をもつ私学の精神を表した福沢諭吉。はたして、その精神は現代においてどこまで行き届いたのだろうか。

★編集後記
 最近、ますます過去の偉人たちによる古典本が面白い。歴史は繰り返されるが、現代の問題も、そうした偉人たちの問題意識を必ずしも脱却できていないように思うのだ。


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1193旅 山崎正和『柔らかい個人主義の誕生』★★★★

「ひとびとが『余生』の時間を深く味わひ、それをいつくしむ時間も延びることになった。運命の偶然と環境の流動を痛切に感じる時間のなかで、ひとびとは孤独な自己の姿を見つめなほす機会を増やし、それと同時に、他人とともに満足を味はふ、幸福な自己の姿を確認する機会をも求めるはずなのである」p216
山崎正和『柔らかい個人主義の誕生』(中央公論新社, 1987)

★本の概要
 高度経済成長をとげた日本の1960年代から、石油ショック・不況にゆれた1970年代にかけて、個人主義がいかに変化したかを説明した一冊。著者は劇作家であり評論家。本著は吉野作造賞を受賞している。
 
★個人主義は、硬さから柔らかさへ
 経済成長、東京オリンピック、大阪万博に代表されるのが1960年代。自由世界第二位の経済大国となり、国家と個人が同じ目標を共有していた時代だった。この頃の個人主義は「硬い自我の個人主義」と山崎は評する。目的志向と競争精神をもち、仕事と家庭が一義であった。
 一方、石油危機・省エネ・不況に代表されるのが1970年代。「猛烈からビューティフルへ」のコピーが流行したように日本の質は転換する。企業で週休一日制は1970年時点で71.4%であったのが、1980年には23.7%にまで下がる。主婦がもてる自由時間は60年代3時間45分であったのが、80年代には7時間27分にまで倍増した。国・職場・家庭における繋がりは弱まり、「個人の生涯」が注目されていった。そうした頃のは「柔らかい自我の個人主義」に変化するという。技術よりも芸術。誠実さよりも社交性。福祉より文化。生産から消費へ。

★編集後記
 こうした個人主義が、単純に明るいと言い切れないのが現在。ただ環境に対応して個人も変化してきたのであって、何かしらの意味はあるはず。

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2009年07月24日

1189旅 鴻上尚史『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』★★★★

「僕は、演劇の演出家を20年近くやっていますが、ずっと不思議に思っていることがあります。それは、『顔』や『髪型』『服装』と同じように、どうして、自分の『声』や『体』『感情』『言葉』に気を使わないんだろう?ということです」p3
鴻上尚史『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』(講談社,2003)

★本の概要
 劇団「第三舞台」を旗揚げした、演出家の鴻上尚史氏によるエッセイ。「感情」「声」「体」「言葉」の四つのテーマで、いかに自分を演出するかが語られている。

★感情、声、言葉。
 全てのテーマで、一度自分を客観化させることの大事さが教えられる。
 1.感情。無理やり感情を取り繕ったり、隠してしまったりする。どうしても「楽しめない」場合は、あえて「自分はあと何分で楽しくなれるか?」と考える。通常は五分のところが、辛い事があれば五時間かかる。そうした時間間隔が読めることが、「感情の教養がある」ことだという。
 2.声。美しくなろうとせずに、他人からみて表情ある声を意識する。声の「大きさ」「高さ」「速さ」「間」「音色」を意識。発声するときには、声を矢印でイメージする。
 3.言葉。他人を見ていない「第一の輪」。特定の何か・誰かだけを見ている「第二の輪」。自分の見える全範囲の「第三の輪」の三つの輪を意識して、言葉をかけると良いという。第二の輪に話しかけるはずなのに、第一の輪むけの独り言であったり、第三の輪むけの一般論になってしまうと、言葉は相手に届かない。

★編集後記
 演出家として人を見つめ続けた方だけに、参考になった。

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1188旅 カール・ポランニー『経済の文明史』★★★★

「交易は、ある種の貨幣使用と同様に、人類と同じくらいに古い。経済的な性格をもった出会いは古くは新石器時代から存在したと考えられるが、市場は歴史上、比較的最近まで重要性をもつに至らなかったのである。市場システムを構成する唯一の要素である価格決定市場は、どの記録を見ても紀元前11000年以前にはまったく存在しなかった」p385
カール・ポランニー『経済の文明史』(筑摩書房, 2003)

★本の概要
 ポランニーは第二次大戦後に活躍した、ハンガリー出身の経済人類学者。主著に『大転換』がある。本著は、人類学の観点から市場と経済を捉えなおした一冊。ポランニーの代表的な論文が10掲載されている。

★交易と貨幣は、市場よりも古い
 第十章「制度化された過程としての経済」より。交易(trade)や貨幣は、現代の市場が成り立つかなり古くから存在していたことが示される。
 交易には三タイプある。1.贈与市場。日本と中国が古くそうしていたように、帝国間で互酬を目的として行われていたトレードのこと。権力者が欲していた財宝が主に交換された。2.管理交易。国家間で条約と取引レートが定められて行われるもの。価格は固定されていて、それ以外の品質や支払い方法のみが交渉されていた。そして3.市場交易。現在の市場取引である。貨物、保険、短期信用、資本、倉庫敷地といったあらゆる財が自由に取引されている。自由市場が成り立ってきたのはこの200年程の事であり、それまで市場と交易は結びついていなかった。
 貨幣も市場のはるか以前から存在されていた。物々交換を行う上での、数量的な基準とされ、支払にも使われた。ただ、交換のために貨幣を使うのは低い文化だとされて、カルタゴなどは硬貨の採用を嫌がったという。
 需要と供給が拡大したことで、交換レートが必要となり、価格が変動。そうして市場が成立した。市場ができたことで競争が広がった。その後は、交易は市場で行われるものが中心になったし、貨幣は市場において交換されるのが主となった。
 とはいえ贈与にも意味はある。現代において、市場を超えた経済とは何かを考えたい。

★編集後記
 市場経済もたかだか200年。金融工学なんて30年ぐらい。経済を考える時は、別の切り口を持たないと。


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2009年07月22日

1185旅 スーザン・グリーンフィールド『未来の私たち』★★★★

「人の生活の一部始終がリアルタイムで記録されているので、景色・音・色などすべて完璧なフラッシュバックがPVRや完全なVRにダウンロードされて、どのような時間におけることについても、同じ現実味の中で再訪できるのだ。人は、毎日のほとんどの時間をこのサイバーリアリズムの中で過ごすのである。こうして、過去と現在を区別することができなくなり、時の流れというものは意味のない概念になってしまう」p34
スーザン・グリーンフィールド『未来の私たち』(産業図書, 2008)

★本の概要
 神経科学者であり、英国王立科学研究所所長であるグリーンフィールド女史による一冊。ライフスタイル、ロボット、職業、生殖、教育、テロリズムといった切り口における未来像が描かれる。こうした未来技術系では、ミチオ・カク氏の『サイエンス21』に次いで詳しいと感じた。

★そして人と世界は融合する
 技術が見通す世界は、個人と世界をますます繋げていく。
 家での生活はいかに変化するか。体調をセンサーが感知し、それに応じて室内の明るさや映し出される風景が変化する。睡眠中は血圧や脈拍がモニターされ続け、起床と共に気温湿度が変化する。遺伝子操作を通じて食事も自分の好みに合わせられる。有機食材のように味が濃く、見た目も鮮やかな野菜を摂るようになる。
 バーチャル執事が自分の生活をサポート。お金は管理されて過度な無駄遣いは防ぐ。排泄物がモニターされて、ガンの兆候も見逃すことはない。健康、コミュニケーション、位置などのあらゆる情報は生まれてからずっと記録され続けられて、コンピュータによる判断に用いられる。
 自分のすべてがモニターされるということは、逆に言えば他者が自分を管理することを許すことに繋がる。プライバシーという言葉は死語になるという。便利でリスクのない世界にも見えるが、社会にとって少しでも「危険」と目されると、保険会社や警察組織によって「保護」されることになるかもしれない。ジャック・アタリが言うところの「超監視社会」は近づいている。

★編集後記
 ヒプノセラピストとして活躍されている、昔からの友人である桧良手とも子さんとお茶。ゆっくりお話できたのは五年ぶり。それでもベクトルの方向が近づいているのは面白いものですね。


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2009年07月21日

1182旅 酒井健『バタイユ入門』★★★★

「未知のものは、『非-知の夜』それ自体のことであり、その先に広がる『宇宙』、『広大無辺性』とバタイユが呼んでいるもの、『私は非-知の夜から眺められる世界を、賭けへの投入、と名づけている』と彼が言うときの世界のことでもある。賭けへの投入とは、築きあげたものを無意味に蕩尽してしまう非理性的な所作のことだ」p161
酒井健『バタイユ入門』(筑摩書房, 1996)

★本の概要
 フランスの哲学者ジョルジュ・バタイユの入門書。著したのはバタイユを専門としてパリ大学で博士号をとった酒井健氏。日本ではバタイユが三島由紀夫らによって受け入れられたが、ニューアカブームの中で浅田彰氏がフーコー、ドゥルーズらがバタイユを批判していることを紹介したため、今は古典的な存在とされているようだ。中沢新一氏が、芸術人類学の試みの中で度々紹介されていることが気になり、今後少しずつ読み進めたい。

★ニーチェ、ヘーゲルを越えて
 バタイユは、ニーチェとヘーゲルに大きく影響を受け、また独自の思想で乗り越えようとした。
 ニーチェは「力への意志」と呼んだ。この力とは、生命力(フオルス)ではなく強さ(ピユイサンス)であって、個人を強化するものであった。バタイユは強さよりも生命力を重視する。生命力は強さとことなり、理性的ではない。個とは無関係で、むしろ環境(自然や他者)に点火されるのが生命力。その状況をバタイユは「好運」と呼び、好運の意志が人間の本質であると考えた。
 ヘーゲルは人間の中の闇や虚無を意識していた。ただし闇は強さ(ピユイサンス)にもたらされるとも考えていた。バタイユは、ヘーゲルの根底にあるのは生命力(フオルス)であり、ヘーゲル自身ではなく世界が彼を弄んだのだと捉えた。
 バタイユは自我の奥底の何ものかを「無」「不可能なもの」「至高性」、そして「非-知の夜」と名付けた。目的を持たず、環境に従い、それでいて沸々とのぼる情熱。バタイユの思想哲学は仏教にも似て、興味深い。

★編集後記
 バタイユは難解で、生存時はフランスでも読者は1000人にも満たなかったそうだ。同時代で話題だったのはサルトルとマルクス主義であった。生きている間に受け入れられるかはともかくとして、自分の内面体験からくるベクトルに従いたい。

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2009年07月18日

1176旅 大野晋『日本語練習帳』★★★★

「ハはそこでいったん切って、ハの上を孤立させ、下に別の要素を抱え込むが、それを隔てて文末を結びます。ところが、ガは直上の名詞と下に来る名詞とをくっつけて、ひとかたまりの観念にします」p76
大野晋『日本語練習帳』(岩波書店, 1999)

★本の概要
 国語学の研究者による、日本語をトレーニングするための新書。例題が45問掲載されており、自分の日本語力を測ることができる。10年前にベストセラーになった。初めて読んだけど、なかなか気づきが多い良書だ。

★「は」は刻み、「が」が結ぶ
 助詞「は」と「が」の使い分けが勉強になった。「は」は言葉を他と区別する役割を持ち、「が」は言葉と言葉をつなげる役割を果たすという。
 「は」の機能が紹介される。1「山田君は暮らしている」⇒「は」によって山田君におけるテーマがあることを暗示し、その後にその答えを提示している。2「私は猫は嫌い」⇒二つ目の「は」は対比。暗に犬などと猫を比較している。3「六時には持ってきてください」⇒「は」によって六時が限度であることを示している。いずれも「は」によって、ある言葉が他でもない何物かであると示唆する。
 「が」の働きについて。1「風が静かな日」。風と、静かな日が、「が」によって結ばれている。2「花が咲いていた」。花と、咲いている状態が強く結ばれているニュアンスが込められる。「花は咲いていた」は、「花」を「咲いている」という一側面に留めてしまう印象がある。
 僕は遊ぶ。僕が遊ぶ。前者は消極的で、前者は積極的な印象を受けるのも、「は」は分割し、「が」は繋げていくように働くからだろう。

★編集後記
 神戸で一泊。九時に寝たので3時おき。そのまま夜明けの神戸を10km走る。町並みが綺麗。港を走っていると、若者たちが補導されていた。

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2009年07月14日

1170旅 ロメオ・ダレール『戦禍なき時代を築く』★★★★

「かつて国家の主権は、何ものにも代えがたいものでした。しかし、グローバル化が進む現代では、主権の意味合いは変わってきています。(略)『保護する責任』の考え方も、人権保護という観点から主権の在り方が見直されるなかで生まれたのです」p33
ロメオ・ダレール『戦禍なき時代を築く』(日本放送出版協会, 2007)

★本の概要
 1994年、ルワンダでは内戦により僅か100日で80万人の一般市民が虐殺された。当時、PKO部隊司令官として停戦監視にあたっていたのが、ロメオ・ダレール氏。彼と、日本人としてシエラレオネやアフガニスタンで武装解除任務にあたっていた伊勢崎賢治氏の対談。こちらもNHK「未来への提言」で放送された内容からである。

★保護する責任と中堅国家の役割
 ダレール氏がルワンダ大虐殺から学び、国際社会に提言するのは「保護する責任」と「中堅国家の連携」である。
 ルワンダにおいて国連は内政不干渉の立場から、平和維持部隊を2500人からむしろ300人に削減していた。ダレールは、これからは国家間よりも政府が自国民を抑圧する内戦の時代にあると指摘。人間の安全保障の立場から、国家を超えて市民を保護する機能を国際社会が果たすべきだと考える。
 しかし、米クリントン政権が消極的立場をとったことでルワンダ虐殺は防げなかった。米国・英国・フランス・ロシア・中国という安全保障理事国に頼らず、日本・ドイツ・カナダといった中堅国による連携をダレール氏は提唱する。
 カナダは平和維持軍への貢献が大きかった。ダレール氏が期待するように、日本は世界の紛争をなくすことをリードできる国になることが叶うのだろうか。

★編集後記
 ISLでチューターとしてご一緒させて頂いていた中島康滋さんと打ち合わせ。これからご一緒させてもらえる機会もありそうで愉しみです。http://www.nikkeibp.co.jp/style/biz/person/positive_worker/070423_nakashima1/index.html (中島さんのインタビュー)



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2009年07月13日

1168旅 アーネスト・ダルコー『エイズ救済のビジネスモデル』★★★★

「わたしたちは、すべての患者の電子医療情報をきちんと管理しています。つまり、何百万人もの患者の治療が可能なシステムを運用しながら、同時に彼らを個人として観察し、個人個人の治療記録や検査結果を管理しています」p59
アーネスト・ダルコー『エイズ救済のビジネスモデル』(日本放送出版協会, 2007)

★本の概要
 世界のエイズ患者4000万人のうち、2500万人はアフリカ南部に集中している。患者に比して専門医の人数は圧倒的に少なく、国際機関からも見放されつつある状況があった。打ち破ったのがアーネスト・ダルコー氏。ガーナ人両親のもと米国で育ったダルコー氏は、ハーバードで医療を学び、オックスフォードでMBA取得後、マッキンゼーで勤務。その後南アフリカにエイズ問題解決のための社会企業を設立した。本著は、NHK「未来の提言」で彼が特集された番組をまとめたものだ。

★エイズを治すシステム
 アフリカのエイズ問題は何か。まず患者に比べて医師が少ないため、エイズ治療薬を受け取るために200km離れた病院に行かねばならない。薬は継続して飲まないと抗体ができるため、中途半端な投薬は逆効果になった。また抗レトロウイルス薬は安価ではない。その結果、たとえばボツワナは感染率が35%にも達し、1995年に65歳だった平均寿命は、2000年には36歳にまで落ち込んでいたそうだ。
 ダルコー氏は資金確保からスタートした。米製薬企業と交渉し、エイズ関連情報を提供する変わりに安価に薬を確保。またビル&メリンダ・ゲイツ財団からも支援を受けた。次に、エイズ治療ネットワークを構築していく。短期に医師を増やし、しかも農村部に送り込むことは不可能だと考え、専門医ではないが経験ある現地の看護師らと連携し、ファックスをネットを通じて専門情報を提供するインフラを構築した。その結果、センターに在籍する専門医1人あたり2-2.5万人の患者を診ることを実現させた。
 日本の財政難は続くが、医療崩壊は続く。ダルコ―氏がアフリカで実現させたように、資金以上に知恵を用いた解決策を考えていく必要があるだろう。

★編集後記
 平塚の海沿いを10km走った。曇りだったけれど、それでもやや日焼け気味。

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