2009年07月10日

1162旅 内田耀一『ヒットの神様』★★★★

「『心の奥深くに隠れている魂を知りたい』そのために、グループ・ディスカッションの次元を様々に変えて、テーマを絞り込みながら実施したのですが、その発言から膨大な言葉が集まります。もちろん、その言葉には、潜在意識や、"魂"ともいえる人間の心がこもっています」p219
内田耀一『ヒットの神様』(幻冬舎, 2009)

★本の概要
 プロ野球中継、JALパック、インスタントラーメン、サザエさん、レディーボーデン、東京ディズニーランド。これらは、著者の内田氏が1960-70年代に消費者調査を担当した商品だという。アンケート調査しかない時代に、グループインタビュー(ご本人はグループディスカッションと呼ぶ)手法を開発し、様々な案件で消費者の本音を捉えることに成功されたようだ。

★矛盾を見極める
 数々の成功事例のポイントは、矛盾したニーズの見極めとその解決のためのコンセプト創案にあると分かる。
 1.男性にとって、チョコレートは甘くて女性が食べる菓子といったイメージだった。しかし本音としてはチョコに興味がある。そこで内田氏は、ビター味のチョコ、あるいはブランデー入りのチョコを考案したという。2.当時の受験戦争は今より過酷だったが、母親は勉強してほしい反面、子供たちにも息抜きが必要だと感じていた。その傾向から、母親に受け入れられるだろう「サザエさん」をメインスポンサードすることを、東芝に薦めたという。3.便秘に悩む女性はなるべく薬は飲みたくない。しかし効果は欲しい。そこで、当時としては異例だったがピンク色で小粒な便秘薬を生んだ。それがコーラック。4.消毒薬を子供に塗る必要があるが、子供は痛みを嫌がる。痛みがでない薬をコンセプトにしたのが、当時山之内製薬が販売したマキロンだという。

★編集後記
 他社が売れない、自社でも売れてこなかった背景には、何かそのままでは矛盾する要因がある。現場の声からそのヒントを捉えることは、現代でももちろん必要なことだ。


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2009年07月08日

1158旅 読売新聞社『昭和史の天皇 原爆投下』★★★★

「わたしは四つの都市をあげ、なかでも京都が一番の目標であり、なにしろあそこが、この爆弾(原爆)の効果をもっともよく点検できるし、また、京都には、大きな工業地帯もありますからといった。するとスチムソンは言下に『京都は困る』といい、長い歴史をわたしに語って聞かせ、京都は、日本の芸術と文化の中心であり、むかしの首都であるといい、さらに、どうしてそこを爆撃してはならないか、多くの理由を説明した」p36
読売新聞社『昭和史の天皇 原爆投下』(角川書店, 1988)

★本の概要
 昭和42年から同50年にかけて、読売新聞紙上で長期連載されたのが「昭和史の天皇」。当時は敗戦から20年と少し。戦争の記憶が丹念に拾い上げられた、貴重なシリーズになった。その中から、本著では原爆についてのエピソードが紹介されている。

★最初の原爆が投下されるまで
 アメリカと日本の原爆開発の話と、最初の一発が投下された広島での話が本著には掲載されている。ここではアメリカが原爆投下するまでの流れを追ってみよう。
 マンハッタン計画(原爆製造計画)が発足したのは1942年6月18日。43年8月段階で、ルーズベルト米大統領とチャーチル英首相は「同意なしに第三者に使用しない」と決めていたが、44年9月には「日本に対して使用」との覚書に調印したという。そのころにはドイツの危機は去っていたからだ。
 ドイツが降伏した翌日の'45年5月8日には原子力政策についての会議が実施。6/21の会議で日本に無警告で原爆を使用することが決定された。科学者の中には、日本人の生命を失わせない"実演"に留める方向も模索されたようだが、その結果日本が降伏しなかったら。ソビエトにインパクトを示せるか、といった観点から見送られたようだ。
 そして1945年7月に原爆は完成され、7月16日にニューメキシコでテストが行われた予想以上の結果をのこす。そして8月6日、広島・小倉・長崎を目標として原爆を搭載したB29に日本へと向かう。広島は必ずしも晴天ではなかったが、市内上空20km四方だけ雲が切れており、当初想定通り、最初の原子爆弾リトルボーイは投下される。

★編集後記
 青砥から金町駅周辺まで、中川沿いを走る。10km。


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2009年07月07日

1156旅 阿川弘之ほか『二十世紀日本の戦争』★★★★

「戦争とは軍事、外交、政治、経済、科学技術、そして社会、文化のあらゆる要素が投入される、最も濃密で烈しい国家体験であることは間違いありません。20世紀が終わろうとしているいま、日本がかかわった大きな戦争を振り返りながら、なにが近代日本の成功につながり、なにが誤っていたのか。そしてどこに判断の岐路があったのかを考えてみたいと思います」p8
阿川弘之ほか『二十世紀日本の戦争』(文藝春秋, 2000)

★本の概要
 戦争中は海軍大尉だった阿川弘之、作家の猪瀬直樹、歴史学者の中西輝政、現代史家の秦郁彦、文芸評論家の福田和也の五氏による、日露戦争〜太平洋戦争の実情をつぶさに議論した討論本。『文藝春秋』誌に最初は掲載され、話題になった。

★日本はなぜ負けたか
 日露戦争以降のそれぞれの戦争に、日本がその後敗戦を迎えていった原因が含まれていたことが明らかにされていく。
 日露戦争は勝利したわけだが、当時のロシアのGNPは日本の8倍。太平洋戦争時のアメリカも当時の日本の8倍であり、ロシア同様にアメリカもおそるるに足らず、といった心理醸成の遠因になったという。
 第一次世界大戦中の欧州は、太平洋戦争の日本のように精神主義をもっていたという。しかし日本はこの大戦の分析を十分行わず、敗戦国であるドイツにむしろ共感。教訓を太平洋戦争に持ち込むことはできなかった。
 満州事変によって、日本の植民地政策はイギリス的な「栽培型」から、スペイン的な「掠奪型」に変化。そのことが大東亜共栄圏という無謀な領土拡大コンセプトにつながったという。
 そうした歴史があいまって日本はアメリカとの戦争に踏み切り、やがて大敗を喫する。しかし敗戦によって日本はその後経済成長を遂げた側面もある。歴史の不思議さを感じる。

★編集後記
 NPO向けの組織基盤強化ワークショップを実施。非営利セクターの力が強化されて、企業や国を補完する存在にますますなってほしいと、期待したい。


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1155旅 成田豊『広告と生きる』★★★★

「広告ビジネスは年々大がかりになり、権利関係や金銭的な利害が複雑に絡み合う。広告会社は黒子として、調整役を担うことも多い。24時間365日、気は張りとおしだった。(略)目配りすべき範囲が広がれば気がかりの種も増える。どんな状況下でも帰宅後はすぐ眠りに入るよう、薬が必需品となった。部下からは鬼軍曹と呼ばれた。そうした日々を離れ、薬は要らなくなった」p2
成田豊『広告と生きる』(日本経済新聞出版社, 2009)

★本の概要
 成田豊氏は、1993年から2002年にかけて電通の社長を務めた方で、現在は最高顧問。2008年に連載された日経「私の履歴書」に加筆修正されたのが本著である。

★成田豊氏と電通の近代化
 成田氏の電通での歩みが、そのまま電通という会社の成長と軌道を一つにしている。
 入社は1953年。当時の売上は123億円で、現在の6%程度。中興の祖である吉田秀雄4代目社長もそうであったように営業局地方部に配属され、33歳の若さで部長。地方新聞オーナー社長の経営参謀のような仕事でもあったようだ。1968年に「青年の船・太平洋大学」を企画、1975年に浅利慶太氏らとともに都知事選の意見広告実現、1981年「ヴァチカン秘宝展」を成功させるなど広告の枠を広げる成果を残していく。その後も、1983年劇団四季キャッツシアター公演、1984年ロス五輪開催に尽力、1997年徳間書店と「もののけ姫」共同制作、そして2002年サッカーW杯日韓共同開催といったように、文化と広告・マーケティングの融合を実現させた。
 社長時代には東証一部上場と新社屋への移転も完成させており、電通という会社を近代的な形で完成させたと言える。

★編集後記
 21時に起きると、2時頃に目が覚めてしまったりして、さてこのまま起床すべきか、と迷ってしまう。

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2009年07月04日

1150旅 『なるほど知図帳世界 2009』★★★★

「外務省が統計を行った結果では2007年10月1日時点で108万5671人の海外在留邦人がおり、前年比2.07%増となっている。各国の在留邦人数に目を向ければ、日本との関係性が浮き彫りになってくる」p98
『なるほど知図帳世界 2009』(昭文社, 2008)

★本の概要
昭文社が毎年刊行している地図帳。ただ世界地図が掲載されているだけでなく、全300ページの半分を使っての「知図」が掲載されている。歴史・文化、政治・軍事、社会、産業・経済、地理、世界遺産リストなどカバーしている領域は幅広く、値段も手ごろでお買い得だ。

★在留邦人数を伸ばす国・減らす国
 「海外在留邦人の多い国」の章からデータを整理してみた。

1150.gif

 アメリカ・中国が在留邦人は突出しているけれど、伸び率は平均並みで以外に伸びていない。一方でカナダ・オーストラリアといった安全で気候の良い国が伸びている。また地域拠点となりつつあるタイ・イギリスの伸びが大きいのも面白い。逆に、過去に政策的に移民が進められたブラジルの落ち込みは大きく、ドイツ・フランス・シンガポールは意外に邦人数が落ち込みつつある。
 住みやすさ・暮らしやすさを成立させ、かつアピールできている国を日本人も評価しつつある様子がうかがえる。

★編集後記
 諸外国からすれば、日本は今も昔も暮らしにくいと思われているのだろう。そうした風潮を少しは変えられないものか。


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1149旅 松岡正剛ほか『複雑性の海へ』★★★★

「事態はいつ切り替わってしまうのか。どこで相転移してしまうのか。いつソ連が崩壊し、いつ自民党が分裂し、いつ物価は急変するのか。そのことを誰も知りたがっているさなか、まずは世界の見方を複雑性という未知の関数で組み立てなおすべきだという機運が盛り上がってきたのだった」p9
松岡正剛ほか『複雑性の海へ』(NTT出版, 1994)

★本の概要
 15年前に刊行。当時流行していた複雑性に関する議論を各分野の専門家13人が説明。生物学者、物性物理学者、宇宙物理学者、人工知能研究者、認知心理学者などが一堂に会している。

★複雑性の三つのルーツ
 松岡正剛さんが、複雑性の起源を三つ検討している。
 一つは宇宙。宇宙冷却が起こり、熱的非平衡と結合非平衡がスタート。その後の宇宙の膨張とともにさらに冷却が進むことで、加速度的に宇宙の複雑性は増していったという。二つ目は生物。ドーキンスらは単純さから複雑さに生物が進化したと考えたのに反し、ダイソンらは生物の起源の最初から複雑さがあったとした。三つ目は社会。生物および脳内は複雑性であるにも関わらず、表現上の言葉や記号は単純(あるいはリニア)。コミュニケーションを行うためである。ただし同時にメタファー・物語を用いることで一見単純ながらも複雑な意味を伝えることにも成功している。
 三つの複雑性に共通しているのは創発性。宇宙にせよ世界にせよ人はついつい線形に解釈しがちだけれど、むしろ異常/カオスな状況から生命が生まれたり、社会は進化を遂げているのだと考えられるという。

★編集後記
 経営でも同じ。中期経営計画をたてて線形に経営を検討するのは限界があると思う。経営の進化もノンリニアに発生すると捉えて、組織の在り方を決めるのはどうか。

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2009年07月03日

1147旅 中沢新一『芸術人類学』★★★★

「私たちは『芸術人類学』という新しいことばによって、人間に関する二つの偉大な学問の伝統、すなわちいっぽうで『バイロジック』で作動する『野生の思考』を主題に据えてきたレヴィ=ストロースの構造人類学と、もういっぽうで芸術と宗教の起源をめぐる思索をつうじてあらゆる思考の絶する非知の働きを現生人類の心の本質として見出したバタイユの思想、この二つの思想を結合したところにあらわれてくるはずの、未知の思考の領域を開こうとしています」p26
中沢新一『芸術人類学』(みすず書房, 2006)

★本の概要
 中沢新一さんが、多摩美術大学に芸術人類学研究所を開かれた際に刊行された一冊。芸術と人類の組み合わせの先に何を目指されているかが理解できる論考が含まれている。

★芸術人類学への道
 中沢さんが「芸術人類学」の道へと進まれたプロセスが話されている。
 起点は仏教。西欧合理主義とは異なる、非合理あるいは情緒的な仏教の考え方に可能性を感じたが、どこにそのルーツがあるかを中沢さんは思考しはじめる。そこで繋がるのがレヴィ=ストロースの構造人類学。釈迦のルーツであるはずの新石器時代における「野生の思考」は、未熟ではなく完成された思想だと説明される。
 次にチベット仏教/ゾクチェン。そこに旧石器時代の宗教的実践と仏教がリンクする構造が見出される。ここまでで、旧石器時代の洞窟での内面体験〜新石器時代の象徴思考〜仏教哲学が繋がるという。さいごに中沢さんは日本の新石器時代にあたる縄文文化を探究。考古学的直観が鍛えられ、それが「アースダイバー」にもつながった。
 こうした流れが中央大学における「比較宗教論」の講義となり、「カイエ・ソバージュ」シリーズとなって結実。その先に、芸術人類学研究所の創設へと繋がっていった。

★編集後記
 現実的であること。すなわち時間軸と空間軸て定量性(経済含む)において曖昧さがないことを、改めて旨としたいと考えている。

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2009年07月02日

1145旅 サムエル・ウルマン『青春とは、心の若さである』★★★★

「60歳であろうと16歳であろうと人の胸には、脅威に魅かれる心、おさな児のような未知への探究心、人生への興味の歓喜がある。君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。人から神から美・希望・よろこび・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い」p23
サムエル・ウルマン『青春とは、心の若さである』(角川書店, 1996)

★本の概要
 『青春とは心の若さである。信念と希望にあふれ勇気にみちて日に新たな活動をつづけるかぎり青春は永遠にその人のものである』。松下幸之助が書いた、この詩を知る人は多いだろう。その原作者がウルマンだが、長いあいだ素性は明らかにされていなかった。それを発掘したのが訳者の作山氏であり、本著には過程で見つけられた49篇の詩が収められている。

★世界を主語にする
 10-20代という時間軸で決められるのが青春だと思いがちだ。ウルマンは時間は関係なくて、むしろ心の在り様が青春か否かを決めるという。理想、冒険心、熱情、人生への興味、霊感をもっていれば、どれほど皺が増えていようがその人は青春にあるというのだ。
 『夜と霧』でフランクルは、「自分が〜したい」と考える人ほどいつか希望を失い、「世界は、自分に何をさせたいのか」と主語が自分でなく世界にある人ほどナチスの強制収容所を生き延びられたという。
 ウルマンもユダヤ人だが、同様の視点がうかがえる。主語が自分の人は、身体の衰えと共に自分の限界を感じ、いつしか理想を持てなくなる。主語が世界の人は、世界の素晴らしさを感じ続け、第三者の目線で自分への関心を持ち続けられるのだろう。
 青春とは心の若さであり、心が若くなるためには自我を越えて、世界と一体化した目線が必要なのである。

★編集後記
 杉並区・善福寺川沿いを10kmジョギング。木に囲まれた中で走るのはやはり素晴らしい体験になる。無心に近づける。


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2009年07月01日

1143旅 松岡正剛『フラジャイル』★★★★

「私が考えるネットワーカーというものは、じつはこのあいまいな領域やあいまいな動向に敏感な人たちのこと、いいかえれば、『近さ』に勇気をはらった人々のことなのである。私は遠くへ旅する者よりも、近くに冒険する者にずっと愛着がある。考えてみれば、ネットワーカーとは縁側をつなぐ人々のことである。どんな縁側がそこにたちあらわれているかということが、ネットワーカーの条件なのである」p405
松岡正剛『フラジャイル』(筑摩書房, 2005)

★本の概要
fragile=弱さ、に焦点をあてて編集された一冊。古今東西の繊細な文化が多数あげられていて、興味が尽きない。読んだのは二回目で、確か初版がでた1995年頃に手にした。当時は私は本は読まずに、毎日人に会ってばかりの日々で、「ネットワーカーとは何だろう?」と思っていた頃に本著に出会った。初めて読んだ松岡さんの本でもある。

★古今東西のネットワーカーたち
 第六章に「ネットワーカーの役割」という章がある。最初に読んだ20歳の頃にも、強く印象に残ったことを覚えている。数多くのネットワーク達が紹介されていく。
 マスーディ、、マイモニデスという中世世界を行脚したユダヤ人にもムスリム。孔子。イブン・バトゥータのような旅行者。琵琶法師などの吟遊詩人。株式の仕組み、雑誌、政党をうんだコーヒーハウスの主人や、フランスのサロンを営んだ貴族夫人たち。十返舎一九に歌麿、馬琴を育て、東洲斎写楽をうんだ蔦屋重三郎。伊藤若沖、池大雅、蕪村などが集うサロンを開いていた京都の売茶翁・高遊外。
 こうした人々は内と外の曖昧なあいだに位置し、場やメディアやキャラクターを生み出しながら、人々を繋ぐ役割を果たしたのであった。

★編集後記
 ネットワーカーと呼ばれなくなってから10年以上経過するけれど、今でも気になるキーワード。売茶翁は50代後半からサロン活動を始めたそうだ。私もいつ再開しようか。

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2009年06月30日

1141旅 中沢新一『ミクロコスモス1』★★★★

「仏がもっている破壊力は、人間を解放するためにあります。縄文土器の恐るべき死のエネルギーは、次の生命を生み出してくる根源的な場所から放たれています。そして、そうした古代的な神話の思考の末裔が、アヴァンギャルド芸術です。古代の人間の思考方法を現代に生き延びさせようとする試みだからこそ、岡本太郎は、必然的に東北の縄文文化に行き着いたのでした」p111
中沢新一『ミクロコスモス1』(四季社, 2007)

★本の概要
 中沢新一さんが主に2000年代に書いてきたエッセイをまとめた一冊。人類学、縄文土器、宗教から建築学までそのスコープは幅広い。芸術人類学研究所開設にあたっての挨拶も掲載されている。

★シンデレラとアトムと明日の神話
 その中から『超核の神話 岡本太郎について』を取り上げたい。もしも社に向かう途中でマークシティを通るのだが、途中の連絡通路に壮大に飾られているのが『明日の神話』だ。(オフィシャルホームページもある。http://www.1101.com/asunoshinwa/)
 『明日の神話』含めて、芸術には矛盾を綜合する役割があると中沢氏は語る。
 縄文の人面香炉型土器では、前面に優しい女性の姿が描かれているのに対して、後面では蛇がとぐろをまく死と破壊の姿が描かれる。シンデレラは「かまど」という生と死を繋ぐ通路で仕事をしていて、「灰かぶり姫」と言われていたからこそ、とてつもない幸福を手にできた。アインシュタインの相対性理論がもつ公式は、美しいと同時に強大な破壊兵器も生み出した。鉄腕アトムは優しい心と同時に、胸に危険な原子炉も持ち合わせていた。
 そして『明日の神話』。絵をみて頂けると分かるが、核爆発の破壊力が描かれていて、中心には肉体を焼き尽くされた骸骨がある。この絵は1970年ごろに描かれた。大阪万博のころであり、生命の象徴として『太陽の塔』も同時に創られていた。生命と死をあわせもつ人間の矛盾を描くために、『太陽の塔』と『明日の神話』は創造されたという。岡本太郎は芸術を通じて、核兵器に反対ではなく超えようとしていたのだった。

★編集後記
 渋谷という町も陰陽混ざったエリアだから、『明日の神話』が中心に置かれているのは意味あることかもしれない。

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2009年06月29日

1139旅 松岡正剛『NARASIA 日本と東アジアの潮流』★★★★

「かつて平城京が立ち上がってきた時代、東アジアの秩序の中に入ることと日本の自立とは同じ問題でした。また神祇信仰と仏教観を確立することは方法的に融合すべき課題であったのです。そこから漢字と仮名の併用という方法も生まれ、まつりごとは政治と祭事の両方に向かえたのです。東アジアと日本、『察』はこれからが大いなる腕試しです」p253
松岡正剛『NARASIA 日本と東アジアの潮流』(丸善, 2009)

★本の概要
 710年平城京遷都。2010年はその1300年周年にあたり、様々な記念イベントが予定されている。シュールなせんと君を見た人は多いだろう。松岡正剛さんは、その中で「日本と東アジアの未来を考える委員会」の幹事長をつとめていて、様々な取り組みを予定されている。本著の出版もその一環。奈良時代から現代までの日本とアジアの関係について、それこそ無数の切り口で編集されている。

★時代の変遷とこれから
 710年からの現代までを、松岡さんは時間軸で五つに分けている。
 奈良から平安時代までの710-1191年を律の世。唐・宋を中心に東アジアでの交流が盛んだった時代。鎌倉時代から江戸時代までの1192-1867年を風の世。武家政権が、「日本」という方法論を独自に築いた時代。明治時代から敗戦までの1868-1945年を力の世。開国をし、西洋文明を多いに取り入れ、そして軍事大国化して散るまでの時代。戦後から2001年までを技の世。技術をベースに見事に経済成長を成し遂げる。そして2002年〜を察の世とする。世界のこれからを推察・考察・察知する必要があるという。
 俯瞰すると、律→アジア交流、風→日本文化構築、力→欧米化、技→技術大国と、「海外との交流」「日本の磨きこむ」が交互に進んでいるように見える。すると、察の世では、再び日本なりに世界を綜合していくのだろうか。710年と同じ課題を2010年は抱えるのだと言える。

★編集後記
 年をとっていいのは、自分のバイオリズムを知っていること。調子がやや悪くなっても、ある程度は時間が解決することが分かる。あるいは、スランプこそが次の飛躍に向けた準備であることが分かる。


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2009年06月28日

1138旅 中沢新一『鳥の仏教』★★★★

「今年咲いた美しい花も、来年には霜でだめになってしまいます。はかない幻影でつくられた時間がどんなに愛おしくとも、それと同じです。色あざやかな虹も、いずれは空に消えていってしまいます。装飾をほどこした衣裳がどんなに美しくとも、それと同じです。(略)蜂が集めた蜜も、蜂がいなくなればなんの役にも立たなくなります。物質的な富はどんなに豊かであっても、それと同じです。この世の事業すべて子供の遊びのようなもの、肉体も語られた言葉もすべては塵となってしまうけれども、それらの残した結果は生き続けます」p77
中沢新一『鳥の仏教』(新潮社, 2009)

★本の概要
 若いチベット人が、仏教の基礎を学ぶために用いているのが『鳥の仏教』(直訳では『鳥のダルマのすばらしい花環』)だという。中沢新一氏がチベット仏教を学び始めた頃に若い僧侶に手渡され、「この本を日本語に訳して、お国の仏教徒たちに読ませてあげるといい」と言われたそうだ。その約束を果たすことになった一冊。美しい鳥たちの挿絵と共に、仏教の本質を気軽に理解することができる。

★鳥たちによるダルマ
 仏教を特徴づける教えに「三法印」というのがあるそうだ。「諸行無常」(この世のすべては姿も本質も変化する)「諸法無我」(あらゆる存在に我はない)「涅槃寂静」(悟りの世界は静けさの境地である)の三印である。
 禿鷲、鶴、雁、カラス、セキレイ、雷鳥、鳩、フクロウ、ヒバリ、ツグミ、孔雀といった鳥たちが登場するのだが、それぞれの鳴き方と共に、三つのダルマが多種多様なことばで説明されていく。

★編集後記
 禅という、ダルマを頭でなく体で体得できる方法もある。武士道という、天命を受けた個人が働くための作法もある。宗教ではなく人生観としての仏教を理解しつつ、静かにしかし鋭く生きていきたい。

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1137旅 サッチャー『サッチャー回顧録(下)』★★★★

「国家は商売をすべきではない。倒産の危険は民間企業にとって一つの規律を意味するが、国家が所有してしまえば、倒産の恐れは事実上なくなるか、少なくともその危険は激減する。国営企業での投資は、学校や道路と同列で予算獲得競争をするという、大蔵省にとっては多々ある仕事のうちの単なる一つとしてしかとらえられない」p277
サッチャー『サッチャー回顧録(下)』(日本経済新聞社, 1993)

★本の概要
 サッチャー回顧録の下巻。ゴルバチョフ登場からソ連崩壊、EUとの関係、三度目の再選、クウェート侵攻、そして首相辞任までが綴られる。金融政策、住民税導入、家族・芸術などの個別政策についても詳しい。

★イギリスの民営化
 日本で郵政民営化に関して物議を呼ぶ昨今だが、イギリスではサッチャー政権時代に民営化は進んだ。大変な広範囲だ。
 背景としては、サッチャー以前の社会主義/大きな政府を逆転させる狙いがあった。80年前後は大変な不況下にあり、民営化の成功の見通しは薄かったようだが、それでもブリティッシュ・エアロスペース、ケーブル・アンド・ワイヤレス、ブリトイル(石油開発)などの民営化が進む。スリム化政策によって、ブリティッシュ・エアウェイズ、ブリティッシュ・スティールなども業績を回復させたそうだ。
 公共サービスの民営化は、ブリティッシュ・テレコムから開始。その後も、ブリティッシュ・ガスや、電力会社も民営化によって効率は高まったという。
 サッチャー時代には実現しなかった英国鉄道民営化は、数多くの事故発生により有名な失敗事例とされる。しかし、細かく見ていけば、民営化の成功事例も多いことが分かる。日本でも、今から電力会社、ガス会社、NTT、JRを国営化しようという人は誰もいないだろう。とはいえ、サッチャー自身も言うように、民営化しただけで成功するわけでもない。必要なのは経営力である。

★編集後記
 国営か民営かではなく、経営がなされているか否か。


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2009年06月27日

1136旅 サッチャー『サッチャー回顧録(上)』★★★★

「ストライキの敗退が立証したことは、左派のファシストがイギリスを統治不能にすることはできなかったということである。マルクス主義者たちは、経済の法則に挑戦するために国の法律に挑戦しようとした。彼らは失敗し、その行為を通じて、自由経済と自由主義社会が実際にどんなに密接に依存しあっているかを示すことになった」p466
サッチャー『サッチャー回顧録(上)』(日本経済新聞社, 1993)

★本の概要
 1979年〜1990年まで英国首相を務めた、マーガレット・サッチャー氏による政権時代を振り返った回顧録。上下巻あわせて1000ページを超える大著。じっくり読ませて頂いた。おおむね時間軸にそって記述されていて、上巻は首相就任からフォークランド戦争勝利、再選、暗殺未遂事件の顛末まで。

★労働組合との闘争
 サッチャーの11年に渡る政権の中で、労働組合との闘争は大きなテーマだった。
 1980年頃はイギリス労働組合の力は絶大であり、それ故に国内生産性はヨーロッパの中でも低レベルに甘んじていた。労組は中央統一型の賃金交渉を行っており、個別の企業では対応不可能だった。ドイツは第一次大戦後のハイパーインフレの経験もあって労働組合と政府は協調主義をとっており、適切な賃金水準を保てていたが、英国にはマネはできなかった。
 ピケ制限、組合拒否者への法的権利保障、ストライキ前投票・執行部選出投票の義務化、政治献金の規制(労組から労働党へ多額の献金が行われていた)などの政策を矢継ぎ早に出す。その結果として、1983年には英国最強労組であるNUM(全国鉱山労組)と全面闘争が行われることになった。
 最終的な決着は、国民および一般鉱山労働者を見方につけたことにあった。労組指導者の剛腕は、必ずしも中長期的に労働者の利益にならないことがコンセンサスになったのだ。政治家にとって、サイレントマジョリティの立場に立つことと、信念を貫き通すことの重要性を本著は語ってくれる。

★編集後記
 ISLアソシエイトをされていた原さん、関根さん、金平さんと新自由主義に関する勉強会。東アジアの連携をテーマに考えていきたいね、といった話に。やっぱりアジアだなあ。

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1135旅 デビッド・コーテン『グローバル経済という怪物』★★★★

「唯物一元主義は技術の進歩をもたらしたが、同時に、社会の物質的な側面ばかりが発達して精神が置き去りにされてしまった。二元論では心と体が切り離され、互いに疎外しあい、害を及ぼし合う関係にあるとされた。東洋と西洋、北側と南側を問わず、すべての国の将来は、人間の物質面と精神面を統合し、包括的な人格、共同体、そして社会をつくることができるような全体的な視野を持てるかどうかにかかっている」P415
デビッド・コーテン『グローバル経済という怪物』(シュプリンガー東京, 1997)

★本の概要
 著者はスタンフォードで博士を取ったのち、ハーバード大学ビジネススクール客員教授、フォード財団を経てアメリカ国際開発庁の上級顧問としてフィリピン・インドネシアに在住したエリート。そうしたキャリアの中で国際開発現場の問題を看過できず、その後は市民セクターで活躍している。本著を通じて、グローバル経済の問題を明らかに、その解決策を模索した。

★会社自由主義をこえて
 政府・金融・メディア・企業が一体となってグローバル経済は進んでいく。
 戦時中に組織された外交問題評議会、ソ連共産主義に対抗したビルダーバーグ会議、そして日本が経済成長を遂げた後に生まれた日米欧委員会の三つに代表される、一部大国の指導者達の会合で世界経済発展のコンセンサスができた。1944年に44カ国代表が集ったことを契機に、世界銀行、IMF、GATT/WHOの三つの国際機関が生まれ、低所得国から大国も含めて世界システムに組み込む体制が整えられた。デリバティブ、オンライン証券の加速、年金基金の組み込みなどによって世界金融資本は激増。テレビ・教育の国際化によっても会社自由主義は促進。企業自身も、雇用はますます減らされ、安定的な企業は買収され、経営者自身も解雇されていく。
 著者は、市民ネットワークを軸に、政治・経済の在り方を見直すことを説く。持続可能性、経済的公正、生物・文化多様性、人民主権がキーワードであり、金融規制(0.5%の金融取引税、短期的キャピタルゲインへの累進課税、100%の預金準備、地域銀行への優遇など)や、ブレトン・ウッズ体制の解体がその柱である。
 自由主義の逆効果も越えて、民族主義の先祖がえりでもなく。世界はどの方向に向けて舵を切るか。

★編集後記
 朝から快晴。読書日和。



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2009年06月23日

1128旅 村上春樹『少年カフカ』★★★★

「僕の言う『社会とのコミットメント』というのは、具体的な政治参加をするとか、そういうことには限らないんですよね。小説家として、社会の枠組みの中に有機的にはめこまれ、アクチュアルに機能する物語をつくっていくこと、それも社会的コミットメントのひとつの大事なかたちなんだ。(略)麻原の提出したような、魅惑的ではあるけれど危険性を含んだ物語性に対抗できるような、別の価値を持った物語性を提出すること、それも我々フィクションライターに求められていることの一つだという気がする」p32
村上春樹『少年カフカ』(新潮社, 2003)

★本の概要
 『海辺のカフカ』後に、村上春樹氏が読者のメールに直接返信する期間限定ウェブサイトがあったそうだ。そこでの1220通の質問と、村上氏による返信が掲載された長大な一冊。とてもとても全部読み切れていないのだけれど、小説の内容から人生観までしっかり答えられていて、村上氏の誠実な人柄がうかがえる。作品の細部も分かってしまう可能性があるから、『海辺のカフカ』読後に読まれた方がよさそうだ。

★灰色ではなく、カラフルな世界観
 その中から、「海辺のカフカ」についてのインタビューが興味深かった(こちらは新潮社のサイトに今でも一部掲載されている。http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/353414.html)。村上春樹氏の世界の捉え方が少し理解できたように感じる。
 たとえ「非人間的」だと思う暮らしぶりであっても、批判する資格はない。ストレートに「ノー」というのは麻原的かもしれない、と語られている。人間には「第二の人格」が隠れていると考えていて、そうしたあり方を「カフカ」ではナカタさん、星野君といった個性で表現させているようだ。村上氏は自分の小説に対しては、解釈・解析抜きでそのままのかたちで受け入れてほしいとし、今後も「悪」についていろんな角度で書いていきたいという。
 人間的だろうが非人間的だろうが、善だろうが悪だろうが、あらとあらゆる多様な状況が現実にはあって、特定の言葉に還元せずにねそのままを生きることの重要性を村上氏は示しているように思えた。ただし、「多様性」なんて言葉にもできない。敢えて表現するならば、世界は灰色ではなくて、それはそれはカラフルなのだ、ということだろうか。村上さんの丁寧な返事を読んでいても、そうした希望を本人は持たれているように感じる。

★編集後記
 「海辺のカフカ」読み終わりました。これも凄い小説だ・・。自分に沸き起こる感覚をどのように言葉にしたらよいのか、途方に暮れる。


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2009年06月22日

1125旅 文部科学省『科学技術白書 平成21年版』★★★★

「脳科学研究は、その成果を通じて、社会生活の質の向上や医学の向上、新技術・新産業の創出につながることが期待される分野である。文部科学省では、理化学研究所脳科学総合研究センターにおける研究を推進するとともに、『脳科学研究戦略推進プログラム』や他の競争的資金等を活用し、大学等における脳科学研究の重点的な推進を図っている」p100
文部科学省『科学技術白書 平成21年版』(日経印刷, 2009)

★本の概要
 平成21年版の科学技術白書が売られていたので購入した。国家による研究開発システムについて欧米の取り組みがまとめられていて便利。科学人材育成に関する政策が整理されている。

★重点四分野とは
 その中から、国が戦略的重点化を狙っている重点四分野を紹介したい。
 最初はライフサイエンス。ゲノム研究、タンパク質解析、脳科学、免疫・アレルギーといった基礎課題。分子イメージング研究、がん医療技術、食生活のための植物開発、バイオインフォマティクスなどの応用分野が並ぶ。
 次に情報通信分野。次世代ネットワーク、ユビキタス、デバイス、セキュリティ、コンテンツ、ロボットなど。
 環境分野では、気候変動、水循環、生態系管理、化学物質管理、3R技術、バイオマスが並ぶ。
 最後はナノテクノロジー関連。ナノエレクトロニクス(論理演算デバイス、情報メモリなど)、ナノバイオテクノロジー(がん治療機器、食品加工技術)、ナノ関連材料などが研究されていく。
 その他の推進分野は、エネルギー、ものづくり技術、社会基盤(防災など)、フロンティア(宇宙、海洋開発)である。
 国も注目技術を戦略的に選択はできている。投入資金に対しての実効性はプロセス次第だろう。

★編集後記
 夏至が明けた朝4時、日の出前の皇居を走ってきた。10人程度走っていた。

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2009年06月21日

1124旅 村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』★★★★

「私はこの世界から消え去りたくはなかった。目を閉じると私は自分の心の揺らぎをはっきりと感じ取ることができた。それは哀しみ孤独感を超えた、私自身の存在を根底から揺り動かすような深く大きなうねりだった」p332
村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(下)』(新潮社, 1985)

★本の概要
 下巻。ワンダーランドの主人公は老科学者より真実を聞かされ、地下世界を抜けて最後の日への準備を始める。世界の終りは変わらずの静けさだが、心を求めた主人公は行動を開始する。

★現実が物語に。物語が現実に。
 1123旅で主人公のコミットメント(サルトル風に言うとengagement/アンガージュマン)を書いた。同時に本著から強く考えさせられるのは、現実と物語の関係のことだ。
 「世界の終り」(以下、終り)と「ハードボイルド・ワンダーランド」(以下、HW)の繰り返される語りは、並行しているが互いに関係していると誰もが気づく。問題は、その主従関係だ。
 最初は、「HW」が現実で、「終り」が夢あるいは無意識のように思う。「HW」の主人公が無意識にアクセスする際のパスワードが「世界の終り」であり、「終り」の主人公は記憶もなくまた世界観も幻想的だからだ。またその世界が実は主人公が作っていたのだと明かされていく。しかし、単純には終わらない。終盤になって現実だった「HW」主人公の意識が失われることとなり、「終り」の世界のみが実在することとなる。残された夢が、現実になってしまうのである。
 自分が物語を創造することもある。他人が作った物語に入って安心することもある。同時に、造り物であるはずの物語が、唯一の現実になってしまうこともあるのではないか。

★編集後記
 物語をつくることによって、少なくとも自分の世界は変わる。自作できなければ、他人の物語に飲み込まれてしまう。


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1123旅 村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)』★★★★

「私はベッドにもぐりこんでから眠りにつくまでのささやかなひとときが何よりも好きなのだ。何か飲み物をもってベッドにもぐりこみ、音楽を聞いたり本を読んだりするのだ。美しい夕暮やきれいな空気が好きなのと同じように、私はそういった時間が好きだった」p116
村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上)』(新潮社, 1985)

★本の概要
 村上春樹ファンがしばしば最高傑作と評するのが本著。24年前の1985年に新潮社から出版された。「世界の終り」という幻想的で静かな世界と、「ハードボイルド・ワンダーランド」という近未来の騒がしい世界が交互に繰り返されるストーリー。「1Q84」と同様の構成手法である。

★羊をめぐる世界の終り
 「羊をめぐる冒険」との違いはなんだろうと考えつつ読んだ。"羊"に対して"世界"では自分自身の決断と行動が綴られているように見えた。村上春樹自身も、本作は自伝的小説だったという。
 "羊"では次々に事件が展開されるが、主人公自身が何に悩み何を考えているかは見えづらい。最後の最後に二時間涙を流すことで、ようやくすべての辻褄が見えるが、それにしても今後どこへ向かうのかは秘されて物語は終わる。
 "世界"の結末では主人公が何を選んだのかがはっきりと明示される。ただし、自分の無意識世界をあらわす「世界の終り」と意識世界をあらわす「ハードボイルド・ワンダーランド」の二つの世界でそれぞれ決定がなされているから、特定の結論に誘導されることは慎重に避けられている。前者では、世界/システムから逃れるのではなく、むしろ世界の中に心を見出すことを決意する。後者では、世界を受け入れることで、平凡にも見える日常の豊かさが示されていく。
 人との触れ合い、心の可能性、自分の内なる物語の可能性が、圧倒的なシステムの抑圧・悪と対比されながら描かれることで、「希望がない」とされる現代にも光を投げかけてくれる。村上春樹が小説(シャフリングでもある)をストイックに書き続ける理由が垣間見えた気がした。

★編集後記
 朝から雨。人間の数が少し減ってしまったようなそんな感覚がする。


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2009年06月20日

1122旅 中沢新一『対称性人類学』★★★★

「ホモサピエンスとしての私たちの『心』の基体は、すべてのものを商品化していく資本主義によっても、無意識の大規模な抑圧の上に建築されたキリスト教的一神教によっても、満足を得ることがありません。『心』の基体である対称性無意識は、形而上学化された世界をつくりあげているあらゆる組織体を動揺させながら、いつしかそれを別のものに変容させてしまおうと、いまも活動を続けているのです」p294
中沢新一『対称性人類学』(講談社, 2004)

★本の概要
 2003年に中央大学で行われた講義をまとめた一冊。「対称性の論理」というコンセプトを通じて、現代社会を読み解く。松岡正剛さんが979夜で本著を詳細に取り上げている。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0979.html

★対称性は非対称性を越えるか
 対称性論理とは、「分離のなさ」「時間系列のなさ」「部分と全体の一致」などで表現されるという。モダンの世界観のように、個々がバラバラ/非対称ではない。神話では、人間が山羊に、山羊が人間に変身する。これが対称性の論理。現象の一つ高い次元からの視点であり、完全に表現できないからメタファー(暗喩)と物語が多用される。
 対称性の論理は、現代にも生き残っている。セックスによって人は空間・時間感覚を失い、全体性を感じつつも一人である自分も感じる。あるいは宗教的体験やシャーマニズム。変性意識。ある種の精神分裂症。非対称性論理であるはずの科学も、大発見の際には対称性論理が用いられるという(アインシュタインやハイゼルベルク。湯川秀樹もそうだろう)。
 とはいえ、対称性論理は抑圧されているのが現代。抑圧の上に一神教が成立し、主権国家が設立し、資本主義社会が組成され、科学が体系化された。
 そうした現代において、対称性論理は復建するのか? 中沢新一さんは、仏教にその可能性をみる。但し日本の仏教は宗教組織化された限界もある。さもなければ芸術だろうか、物語だろうか。
 
★編集後記
 ニューシューズで皇居二周。久し振りに50分をきった。靴が変わった御蔭かなあ。

posted by 藤沢烈 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の旅 ★★★★ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする